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その眼光、その威圧、その佇まい、まさに圧倒的存在。彼女は堂々と歩いていた。彼女を待っている一人の男とその後ろにいる女たちに向かって。 「私が戦艦長門だ、よろしく頼むぞ」 凛とした声だ。誰の耳にも届き、鼓膜を歓喜に――――――または敵側だったら恐怖に――――――震わせる声だ。 「敵戦艦との殴り合いなら任せておけ」 彼女、長門は目の前にいる者達の仲間となったのだ。男は右手を差し出した。 「君を待っていたよ。君の力が必要なんだ。長門」 長門は不敵に笑った。それこそ長門が求めていた言葉だったからだ。 長門も右手を伸ばし、男の手を強く握り締めた。 戦艦長門の、戦争が今始まる。 世界中の海域に突如謎の組織が現れた。組織という言葉も適切ではないかもしれないが、とにかく何かが現れたのだ。漁に出た船は沈められ、海が荒れ、おどろおどろしい雲が立ち込め、恐ろしい怪物が人々を脅かしていた。人間たちはその何かを深海棲艦と名付けた。人間たちには深海棲艦と太刀打ちできる力を持っていなかった。普通の人間の場合に限るが。 普通の人間に限らない場合がある。その深海棲艦に対抗できる唯一の組織は、特別な人間たちのグループだった。それは戦時中に活躍した誇り高き日本の艦船の意思を受け継ぐ女性・艦娘と、その艦娘の力を引き出せる能力を持つ提督だ。世界を繋ぐ海に蔓延る深海棲艦に世界各国の艦娘と提督は力を合わせて拮抗し、被害を抑えている。これは昔に起きた人間と人間の戦争ではない。人間と怪物の、お互いの生存をかけた戦争なのだ! そして戦艦長門の歴史を己自身のものとして受け入れている女性は、この戦乱の中で興奮と期待に心が震えていた。思う存分に戦えるという喜びと、前世の自分の悔いをこの戦いを通して昇華できると思ったからだ。長門は目の前にいる男の目を見据える。顔立ちは穏やかであったが、目には力強さを感じた。数々の戦況を乗り越えてきた目だ。この男の下なら自分は充分に、いやそれ以上に戦える。長門はそう確信した。 「さて、君を正式に我々の仲間として歓迎する前にやってもらいたいことが一つある」 手を離した時に提督が厳かに言った。 「何だ?入隊試験のようなものか?何でも構わないが…… もちろん全力でいかせてもらうぞ」 長門は自分の拳と拳を合わせた。鉄の篭手がぶつかり合って高い音が鳴った。 「いや、試験とかそういったものではない。なぁに簡単なものだ。そう気負わなくてもいい」 「盃でも交わすのか?それも悪くはないな」 提督は頭を横に振った。 「お酒を飲む訳でもない。ただ、パンツを私に渡せばいい」 「あぁ、なんだそういうこと……… ……… ……… ………」 長門の顔が強張った。 「……すまない、よく聞こえなかったのだが今何と言った?」 「長門のパンツを私に渡して欲しい」 「……… ……… て、手ぶらで申し訳ないが私はパンは持っていないんだ……作り方も分からない…」 「パンじゃないよ、パンツだよ、パンツ。下着だ。股間に穿くものだ」 長門はまじまじと提督の顔を凝視した。男の顔は至極普通であり、そこに下品な嫌いは感じない。後ろにいる艦娘たちを見渡しても、戸惑った様子のものは誰一人としていなかった。すると提督の隣にいた金髪碧眼の青い隊服の者がクスクス笑った。 「提督~ダメですよ、長門が困ってるじゃない~」 あぁよかったと、提督を咎める声を聞いて長門は安心した。 「他の子がいる前だとさすがに恥ずかしいわよ~慣れてないんだから」 「あぁ、そうだな!長門がようやく来たから興奮して配慮が足りなかったな…愛宕ありがとう」 「いえいえ~」 「ちょおおおおおおおおおおおおおおおっと待った!!!!!!!!!」 穏やかに会話をする愛宕と提督を大きな声が邪魔をした。 「いや!!!なにが!!そういう問題ではないだろう!!どういう!!ことだ!!いやおかしいだろ!!下着を渡せなど何を考えているんだこの破廉恥が!!」 怒気により顔を真っ赤にさせ長門は怒鳴った。愛宕はまぁまぁとのほほんとした笑顔で長門の肩を叩く。 「通過儀礼だから大丈夫よ~」 「何が!大丈夫!!!なんだ!!!」 「あとここでは私たち艦娘のパンツは提督が手洗いすることになってるの。よろしくね~」 「はああああああああああああああ?!?!そんなこと許せるか!!」 パンツを脱ぐだけでも許しがたいのにパンツを洗濯するだと!?しかも手洗いで?!提督が?!何故!どうして!冗談にも程があるぞ! 「落ち着いてよ姉さん」 艦娘の集まりの中から見覚えのある姿が出てきた。妹の陸奥だ。 「陸奥!!どういうことなんだこれは!冗談なんだろ?!私をからかうための遊びか?!」 「もぉ~遊びは火遊びだけでお腹一杯よ~ からかってなんかいないわ。提督が私たちのパンツを洗ってるのよ」 陸奥は当たり前のように言いのけた。 「私も最初はビックリしたけど、慣れたらどうってことはないわ」 「…!乙女が!それでいいのか!いいか男が女の下着を洗うなど……そんな不純な行為を許してもいいのか?!その下着でこの男が……」 「し、司令官さんを悪く言うのはやめるのです!」 陸奥の後ろから小さな少女が出てきた。 「司令官さんはそんな人じゃないのです…司令官さんはとても優しくて…電たちのことをちゃんと考えてくれて…大事にしてくれるのです。そんなことは言わないでください」 自身を電と名乗る少女は、体と声を震わせながら長門に抗議をした。恐らく長門が怖いのだろう。それでも提督を擁護する為に長門の前に勇気を持って立っていることが伝わった。その健気な姿が良心にチクリと刺さる。長門は改めて艦娘たちを見渡した。みんな提督を心配しているように見え、そこには提督への反発や怒り、侮蔑などは一切感じなかった。そして提督は長門の批難にも関わらず凛とした佇まいだったが、その表情にはどこか寂しさと傷心を滲ませていた。 完全に長門の立場が悪かった。 「わ……悪かった。そ、その…初対面でそういうことを言われるとは思っておらず…つ、つい興奮してしまった。お前たちがそこまでこの提督を慕っているのなら、そう悪いやつではないんだろう……陸奥もあぁ言っているし…… うん、うん……」 電の顔が明るくなった。 「ほ、本当にそう思ってくれます?」 「あぁ………うん、多分」 「ならパンツを脱いでくれますか?」 「断る」 はわわっと電はまた泣きそうな顔になった。長門は居た堪れなくなって陸奥に助けを求める。 「大丈夫よ姉さん。恥ずかしいのは最初だけ」 ダメだった。長門は絶望した。 「と…とにかく私は脱がない!脱がぬぞ!」 「それなら解体か改修の素材コース、どちらがいいかしら~?」 「そんなの……! はぁ?!解体?!素材?!」 愛宕の発言に長門は面食らった。愛宕はニコニコしながら死刑宣告をする。 「ごめんなさいね~それが入隊の決まりなの。出来ない子は解体か素材にしてさよならしちゃうわ~」 「!?正気か?!私は長門だぞ?!レアリティが高くボスドロ限定かつ建造成功例も低確率な私を?!使いもせずに解体か素材?!!?」 「うーん、でも今じゃあ姉さんより鶴姉妹の方がレア度が高いんじゃないかしら」 「三隈さんや鈴谷さん、熊野さんもなのです」 「えぇいうるさい!!」 長門の怒号に愛宕は我関せずというようにただ笑っていた。 「で、どうします~?解体と素材?」 「それは……」 「あ、私あとちょっとで対空がMAXになるの。解体よりも私の素材になって欲しいわ」 「む、陸奥…!お前…!自分の姉に向かってそんな…!!」 唯一の味方だと思っていた妹の陸奥の言葉に長門の鋼鉄の心は溶けそうだった。 「で、どうするのよ姉さん」 周りの視線が長門に突き刺さる。長門はここから消えてしまいたい気分だった。先ほどまで高揚していたあの気持ちは何処へ行ってしまったのだろう。やっと戦えると思ったのに、まさかの展開に心が挫けそうであった。戦艦長門としてのプライドを取るか、捨てるか。二つに一つ。しかし、長門にはまだ小さな希望が残っていた。 「………一つ言っておくが、私はパンツではない。フンドシだ」 そう、長門はフンドシだった。しかも白フンだ。現代社会の女性が好んで着けるような下着をつけてはいない。このことを公言することは避けたかったが、それが長門の最後の希望だった。これで提督が諦めてくれれば自分はその通過儀礼をせずとも―――――― 「なんだ、そんなことか。問題ないぞ長門。フンドシでも」 ダメだったー!長門はガックリと頭を垂らした。 「私なんて穿いてなかったのに、提督がドン引きするくらい何度も土下座してきたから穿くようになったの~うふふ」 愛宕がのほほんと言った。 「姉さん、提督はただ下着を洗うのが趣味なだけでそれ以外は……そういうことは欲求して来ないわ。パンツも丁寧に洗ってくれるし、新品みたいな状態で返してくれるの。確かに最初は恥ずかしいけど、慣れたらどうってことないわ。みんなやってるし」 陸奥は長門の手を掴んで上目遣いで見つめる。 「私だって姉さんと一緒に戦いたいわ…でもどうしてもダメだっていうなら、せめて私の素材になって欲しい。でも素材になるよりもまた一緒に戦ったり、ご飯食べたり、お話したりしたいわ……ダメ?」 陸奥のおねだりする目に長門はたじろいだ。長門も勿論、陸奥とまた共に戦うことを望んでいる。今まで会えなかった間の話も聞きたい。陸奥の後ろから電も長門を見上げていた。 「…………… 分かった。脱ぐ、脱げばいいんだろ……」 長門はすべてを諦めた。ヤッター!と周りから歓声が聞こえた。 「じゃあ姉さんの部屋に案内するわ。ここじゃあ脱ぎ難いでしょ?」 「……いらん」 えっと陸奥がキョトンとした声を漏らした時には既に長門の両手はフンドシにかかっており、――――――そして一瞬で解かれた。 きゃぁ!と可愛らしい悲鳴が一部で沸き起こったが、長門は堂々と、少し頬を赤らめながら白いフンドシを提督に差し出した。 「私にここまでさせたんだ。貴様の手腕に賭けよう……私の期待を裏切るなよ」 提督は力強い目で頷いた。 「あぁ…任せてくれ。改めて歓迎する、長門」 そして提督は白フンを握り締めた。 ~~~ 「……渡したのはいいが予備がない……」 「姉さん、とりあえず私のパンツを穿いておく?普通のだけど」 「…借りても大丈夫か…」 「姉さんだからいいわよ。それじゃあ下着を買いにいきましょ?お金も頂いたし」 「…あの男は本当に全員の下着を洗っているのか?」 「えぇ、ちゃんと手洗いでやってるわ」 「……ここに何人の艦娘がいるんだ?」 「うーん、確か120人くらいかしら?」 「……それを手洗いで……」 「しかもどれが誰のか分かるのよ」 「全部!?」 「一部は名前を書いている子もいるけど、私は書いてないからね~ 特徴的な下着の子もいるけど大体は似たり寄ったりでしょ?それでも間違えないのよ」 「……ある意味すごいな…」 「あと直接提督に下着を渡してね。誰かに預かってもらって一緒に渡しても受け取ってくれないから」 「………」 「戦闘の指揮も優秀だから安心してね」 「……あぁ、うん……うん……」 ---------------------------- 数日後。 (おや、あれは確か…) 「司令はん、これお願い」 「ありがとう黒潮」 (……ん!?あれは…スパッツじゃないか…!?) 「おい、えっと……黒潮?」 「あ、長門はんどないしたん?」 「今提督にスパッツを渡していなかったか…?」 「せやで~あ、スパッツ着用しとる子はみーんなパンツじゃなくてスパッツ提出なんや」 「…ほ、ほぅ………そういえば潜水艦たちはどうしているんだ?水着なのか?」 「あぁ~あの子らはパンツやで~」 「え?!み、水着を着ているのにか…?!」 「中にパンツ穿いてるんやって」 「………」 「あ、でも長良はんはブルマやった気ぃする~」 (……ここに残ることを選んで良かったのだろうか……)
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(山口県)長門(久津)郵便局 郵便番号:〒759-46・〒759-47(元は(山口県)長門(宇津賀)郵便局が集配) 集配地域:山口県長門(ながと)市の旧・大津(おおつ)郡油谷(ゆや)町のうち旧々・大津郡向津具(むかつく)村域および旧々・大津郡宇津賀(うつが)村域。 1.jpg 久津郵便局局舎 2.jpg 久津郵便局取集時刻掲示 達成状況[20**年*月**日現在] 普通のポスト ●マッピング済**本。撤去**本。 コンビニポスト ●マッピング済**本。撤去**本。 ポスト考察 ●編集中 ポスト番号考察 ●編集中 設置傾向考察 ●編集中 取集時刻考察 ●編集中 取集ルート考察 ●編集中 時刻などの掲示 ●編集中
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一 章 Illustration どこここ そろそろ梅でも咲こうかというのに、いっこうに気温が上がらない。上がらないどころか意表をついたように雪を降らせる気まぐれの低気圧も、シャミセン並みに寒がりの俺をいじめたくてしょうがないようだ。朝目覚ましが鳴ると、いっそのこと学校を休んでしまおうかと考えるのが日課になっている。俺は窒息しそうなくらいにマフラーをぐるぐる巻きにして家を出た。 結果はともあれ本命も滑り止めも無事に受験が終わって、学校では三年生をほとんど見かけなくなった。生徒の三分の一がいなくなり、校舎の一部がガランとして静まり返っている。一年生も二年生も残すところ、憂鬱な期末試験だけだ。三年生でも朝比奈さんだけは、SOS団のためにまじめに通ってきているようだが。 その日の朝、教室に入ると俺の席の後ろで机につっぷしているやつがいた。ハルヒが珍しくふさぎこんでいる。 「よっ、どうしたんだ?」 「どうもしないけど、今朝からずっと耳鳴りがするのよね」 お前もか。俺も今朝起きたときからずっと妙な感覚を感じていた。どこがどう妙なのか分からなくて説明のしようがないんだが、視界がぼんやりしているというか、嗅覚が妙に生っぽいというか。まあ原因も分からないし、気にはしない風を装っていた。 二限目の英語の授業中、突然教室の前のドアがガラリと開いた。誰が入ってきたのかと全員がそっちを見た。俺もつられて教科書から目を上げると、隣のクラスにいるはずの長門が飛び込んできた。 「ちょ、有希どうしたのよいきなり」 長門はハルヒの首筋にちょっと触れ、ハルヒはそのままがっくりと意識を失った。 「おい、何があったんだ」 「……急いで、時間がない。涼宮ハルヒを背負って外に出て」 俺は言われるままに気絶したハルヒを肩にかついだ。教師とクラスメイト全員が唖然としている中を、ちょっとお騒がせしますね、と言いつつ廊下に出た。 「やあ、どうも」 廊下には古泉も待っていた。長門はドアをピシャリと閉めた。 「……時空震の初期微動を感知した。フィールドを張る」 長門は右手を上げて詠唱をはじめた。四人を包む、直径三メートルくらいの青く光る球体が生まれた。 「朝比奈さんは無事なのか」 「……間に合わない。無事を祈る」 そう言うが早いか、球の外の映像がブレはじめた。この感覚、前にもあった。一昨年の十二月十八日、俺が校門前で朝倉に刺されたときだ。改変された世界が元に戻るとき、これに似たような大規模な時空震が発生した。 「原因は何だ?誰かが歴史を書き換えようとしてるのか」 「……分からない」 数分してまわりの景色は元に戻り、俺たちを包んでいた青い球体は消えた。 「もう、大丈夫」 「そうか。教室に戻っていいか?」 「……いい」 「ありがとよ」 「……お礼ならいい。わたしはしばらく調査する」 長門はそういい残して廊下を走り去った。 「今日の長門さんは颯爽としていますね」古泉が言った。 あいつが危機感を持つのはよっぽどのことなのだろう。 「じゃ、後ほど部室で」 手を振って去っていった。脳天気だなこいつ。 さて、気絶したハルヒをかついで教室に戻るのに、どう説明したものかな。しかしハルヒ、重いぞ。 その日の放課後、午前中にあった時空震のことが気にはなっていたのだが、長門がその後なにも言ってこないのでとりあえずは安心していた。 部室棟の階段を登ると、文芸部部室がやたら騒がしい。またハルヒが新人勧誘でもおっぱじめたのか。ドアを開けるなり「キョン君!」と聞きなれた声がエコーして聞こえた。なんだこの五・一チャンネルサラウンド並みの音響効果は。 俺はそこにあるものを見て我が目を疑った。あ……朝比奈さんが、「朝比奈さんが十一人いる!」 「長門、ちょっと状況を説明してくれ」 「……次元断層によって複数の分岐が同時に生まれた。複数の未来軸が発生」 「つまりですね、調査に訪れた朝比奈さんが十一人いる結果に」 古泉が肩をすくめた。なんてこった。時空震動で人が増えるとあっちゃ、お役所の戸籍係が混乱しかねん。この先の少子化にも歯止めがかかるだろう。 「キョン君」「困った」「ことに」「なっちゃい」「ましたぁ」 十一人の朝比奈さんのうるうる瞳に囲まれて、俺はパニックなようなパラダイスなような複雑な気分に襲われた。 「お願いです、誰かひとり代表してしゃべってもらえませんか」 「誰か」「って」「誰が」「代表に」「なれば」「いいんで」「しょしょしょしょ」 最後のは完全にこだましていたな。 ちょっと朝比奈さんには失礼して、俺と長門、古泉だけで円陣を組んで対応を協議した。 「長門、この中のどれが本物だろうか?」 「……正直言って分からない」 「ホクロを調べてみてはいかがでしょうか」古泉が笑いをこらえている。 「お前、堂々と朝比奈さんに胸を見せてくれと言えるのか」 「僕の口からは言えませんね。あなたなら角が立たずに確認できるんじゃないでしょうか」 「お前この状況を楽しんでるだろ」 「分かりましたか」 「……ひとりずつ、コスプレさせるのがいい」長門が口のはしで笑っている。 「しかし十一人分の衣装が……って長門、お前まで悪ノリするんじゃない」 俺は部屋の中を右往左往する朝比奈さん達に向かって言った。 「えーと、朝比奈さん、じゃなくて朝比奈さん達。とりあえず自分の時空に戻っていただけませんか。こんなところをハルヒに目撃されたら、説明のしようがありません」 「それもそうですね」 ゴスペルのコーラスでもやれそうな十一人の声が同時に応えた。 「でも、誰かが残らないといけませんよね」 そりゃそうだ。ひとりは残らないとこの時間平面から朝比奈さんがいなくなってしまう。 「じゃ、じゃあ失礼ではありますが、誰が残るかくじ引きで決めたいと思います」 俺、もしかしてこの状況を楽しんでないか。 どこから用意したのか、長門が爪楊枝を握っていた。市内不思議パトロールの班分けと同じく、十一本中、一本にだけ赤い印が入っている。 「赤いのを引いた朝比奈さんが残ってください」 朝比奈さん達は、まるでワルキューレの杯を煽るかのように真剣な面持ちで一本ずつ引いた。 やがて外れた朝比奈さんはひとりずつ消えていった。俺に手をふりふり、涙さえ浮かべて。なんかすごく悪者になった気分だ。赤い爪楊枝を引いた朝比奈さんだけが満面の笑みを浮かべていた。 「やれやれだな」 「失礼ながら、時間旅行をする者の悲しいサガ、とでも表現しましょうか」 古泉が愉快そうに笑っている。 「ひどいわ古泉君」 朝比奈さんは苦笑していた。俺にも似たような経験はあるんだ。時間を超えて行った先に俺がいたんだからな。 可憐なる文芸部室の天使をまとめて十一人も拝むことができ、俺は十一日分の癒しを得たような心持だった。晴れやかなるニコニコ気分で朝比奈印のお茶をすすった。だがそれで終わりではなかった。 帰宅後、朝比奈さん達がコスプレでサッカーをしているところを妄想していると、めずらしく長門から電話がかかってきた。 「……全員集まってほしい」 「なにがあったんだ?」 「……詳しくは、後で」 長門が召集をかけるからにはよっぽどのことなのだろう。 「分かった。古泉と朝比奈さんには俺から連絡を入れる」 「……待っている」 古泉に電話をかけると、タクシーで朝比奈さんを拾ってから直接行くと言った。午後八時、俺は自転車を飛ばした。マンションの入り口で長門が教えてくれていた四桁の番号を押す。七階まで上がり、部屋の前でインターホンを鳴らそうとしたらドアが開いた。長門はドアの前で待っていたようだ。 「……入って」 「古泉と朝比奈さんはまだ来てないのか」 「……まだ」 あの事件からこっち、長門の部屋に入るのは久しぶりだった。部屋の様子が少しだけ変わった。カーテンが暖色系の花柄に変わっている。それから花瓶に花がさしてある。長門が花を活けるなんて珍しい。だいぶ人間っぽい雰囲気がするようになった。元々が殺風景すぎたんだが。 「部屋、明るくなったな」 「……そう」 長門がお茶を運んできた。少しだけ微笑っぽいものが浮かんだ。 「……飲んで」 「ああ、サンキュ」 この部屋に最初に訪れたときには、正直寒くてとても人が住んでるとは思えない空間だったが。そんでもって情報生命体やら宇宙論やらを聞かされた日にゃ、痺れの来た足ともどもさっさと帰りたい一心だった。なんとなくだが、今俺はこの長門空間を気に入っている。こうして、湯飲みからゆったりと立ち上る湯気と、どこを見てるでもなく静かに座っている長門。 インターホンが鳴った。古泉が到着したようだ。長門は立ち上がってインターホンの映像に向かって「入って」と言った。 「どうも、遅くなりまして」 「あの、長門さん、お邪魔します」 古泉の隣で朝比奈さんが小さくなっていた。長門が二人分のお茶と羊羹を運んできた。四人がなにを喋るでもなく、ただただお茶をすする。部屋を暖めるエアコンの音だけが静かに流れていた。 「長門、そろそろ本題に入ってもらっていいか」 「……もう少し待って。もうひとり来る」 もうひとり?誰だろう。そのとき、インターホンが鳴った。喜緑さんが入ってきた。清楚な感じのレディ、この人のやさしい笑顔を見るのは久しぶりだ。 「皆様、こんばんわ」 「どうも喜緑さん。いつぞやはいろいろお世話に」 「いえいえこちらこそ。お元気そうでなによりですわ」 キッチンからお茶と羊羹をもう一組運んできて、長門は口を開いた。 「……本題に入る」 長門は和室のふすまを開けて、奥から熱帯魚の水槽のような感じの、立方体のガラスケースを持ち出してきた。中に本らしきものが浮いている。これは……思い出すもおぞましい、あの文庫本じゃないか。長門はそっとこたつの上に置いた。 「……これは、涼宮ハルヒとその周辺について書かれた本」 「なんですかこれ、涼宮さんって作家になったんですかぁ?」 「はて、そのような事実はなかったような気がしますが」 二人とも、前と同じ反応をしているな。 「涼宮ハルヒの著作物ではない。情報統合思念体では、以前にも同じ現象を観測した。これに関する情報は禁則事項となっていた。全員の記憶は、消去されているはず」 実は俺だけは覚えてるんだが。 「これより説明する。禁則が一時的に解かれる」 長門は喜緑さんに視線をやった。喜緑さんはうなずいた。長門の禁則解除のキーって喜緑さんだったのか。 長門は去年の十二月に起こった出来事から、谷川流氏のいた世界にスリップし、戻ってくるまでを話しはじめた。俺とアパートで出会ったシーンからは省いたが。 「そんなことがあったなんて……」 「つまり、この本に書いてあることが僕たちの世界の動向を左右するわけですか」 「俺の手にあった本は向こうに置いてきたよな」 「……それとは、別の一冊」 「長門に直接送られてきたわけか」 「……そう。前回直接手で触れたが、それはきわめて危険。クロノ放射を検出した。重力子フィールドで覆ってある」 クロノ放射が何なのか知らないが、ケースに入ってるのはそのためか。 「本来ならこれは見えていないはず」 長門曰く、フィールドの壁越しになんらかのエネルギーが漏れている。そのために肉眼で見える、のらしい。よく見ると、ゆっくりと回転する本の向こう側が透けている。 これはいったい、誰が何のために用意したのか。 「今朝の時空震も関係あるのか」 「……情報量が限定されているが、その可能性は高い」 「それで、本の出所は分かったのか」 「……今のところ不明。もしこの本が氾濫したら、次元のパラドクスが生じる」 「またもや世界は消滅の危機ですか」 「……消滅はしない。歴史を上書きするか、無限ループが生じるだけ」 「で、俺たちを呼んだ理由は」 「……防衛線を張るために、全員で同行してもらいたい」 「ということは、わたしたちが向こうの世界に行っちゃうんですか?」 「……そう。著者とのコンタクト、本の出所、送付者の敵性判断を含めた調査」 「行くなら厚着していったほうがいいな。あと生活用品とかも」 こないだはほとんど何も持たずに行ったからな。あの状態なら何を持っていっても役に立たなかっただろうが。 「向こうの世界は特殊な環境なんですか」 赤道の反対側で季節が逆だからとかじゃなくて、十二月に飛ぶからなんだが。 「……こちらとほとんど変わりない」 「では、必要な物資は僕のほうで揃えましょう。なにがご入用ですか」 「……全員分の身分証明書、レーション、救急医薬品」 「世間は未成年には冷たいからな。身分証明がなくてなにかと苦労した」 「じゃあ免許証を手配します」 「それから金も多少あったほうがいい」 まだこないだの金、返してなかったな。戻ってきたらバイトしないと。 「かしこまりました。武器はいりますか?」 「武器の携帯は厳禁です……あぶないですぅ」 「冗談ですよ」 古泉はふっと含み笑いをした。 「バナナはおやつに入りますか?」 この非常時になにを言っているのかと、全員の冷たい視線を浴びた。古泉は自らを恥じるように詫びた。 「す、すいません。ちょっと言ってみたかったもので」 なんだかこいつだけは不必要に楽しそうだな。緊張を楽しむタイプか。 「……決行は明日、部室にて」 長門はメンバーを見回して、異議がないことを確かめたのか、ひとこと呟いた。 「……解散」 俺たちはそれぞれ帰宅した。 やっぱり出発は部室なのか。古泉が前にも言ったことがあるが、あの文芸部部室はいくつかのエネルギーが飽和状態にあり、いつでも流出しやすい状態にあるという。長門によれば、遠く銀河を離れても、時間平面を超えても観測できるらしい。そんなところで部活動を展開している俺たちもどうかしているが。 週末のSOS団部室、もとい、文芸部部室だ。 俺は六限の終わりを待たず、珍しく授業をさぼってさっさと部室に行った。遠足の前日のようなワクワク感を抑えられなかった。授業もどうせ必修科目じゃないし、三学期のこの時期だけにやる気もないし。 部室のドアを開けると長門しかいなかった。さすがに今日は本を開いていないようだ。 「よっ。今日は早めに来たぜ」 もし俺だけに知らせておくことがあれば、あるいは前もって検討しておくことがあればと思って余裕を持って来たのだが。長門はそんな様子は見せなかった。 なにをしてるのかは分からないのだが、長門はハエか蚊を捕まえるような仕草をしていた。 「なにを捕まえてるんだ、虫か?」 「……素粒子」 「素粒子って、あの黒い球のやつか」 「……緊急用の素粒子球を全員に配る」 あんな重たいもん持たせても荷物になるだけな気もするが。長門は俺の顔の前で、サッと見えないなにかを捕まえた。俺は長門の手を凝視した。まさかチェレンコフ光が見えたりはしないだろうけど。 「やあ、遅くなりました」 古泉が清々しいスマイルとともに現れた。まだ授業は終わってないだろ。なんだその膨らんだリュックは、登山じゃないんだぞ。 「出発するのに必要な物資です。用意するのに手間取りまして」 こいつがキャンプに行くときは必ず食料隊長を買って出るんだろうな。 古泉は長テーブルの上にゴトゴトと物資とやらを並べ始めた。コンパス、GPS、その妙な天体観測器具みたいなのは六分儀か、いつの時代の旅行だよ。食料は水とカロリーメイトと、レーションはNASAで開発のアレか。 「それから身分証明書です」 免許証を受け取った。写真の写りはいまいちだが、よく出来ている。普通自動車だけか。 「大型特殊とか牽引二種とかがご入用でしたか」 そんなもんあっても運転できねーだろ。普通自動車でもあやしいのに。 「あら、皆さん早いんですね。遅れちゃってごめんなさい」 通学カバン以外に旅行用のバックも下げている朝比奈さんが現れた。いいんですよ、俺はあなたが来ることが分かっているなら日が暮れても待ちつづけますから。 「あの、制服のままでもいいんでしょうか。いちおう旅行用の服も用意してきたんですけど」 「いいんじゃないでしょうか。必要なら向こうで着替えられると思います」 旅行用ってまさか、エジプトでミイラの発掘をするようなコスプレではあるまい。それはそれで見てみたい気もするが。俺は通学カバンに必要最小限の衣類だけを詰め込んで、教科書の類は机にしまったままだ。 しかし、全員が一度に現れたら谷川氏はいったいどんな顔をするだろう。今から楽しみだ。 「長門、喜緑さんは一緒に行くのか」 「……彼女は連絡要員として残る」 「じゃあ、これで全員だな」 長門はうなずいて、カバンから小さな包みを取り出した。丁寧に包まれた銀色のシートのようなものを開くと、あの文庫本が出てきた。 「もしかしてそれを読むのか」 「……この本の位相情報を使って転移するだけ」 そうか、よかった。あのループする感覚は頭がおかしくなりそうだからな。 長門は朝比奈さんに向かって言った。 「……次元転移の後、時間移動が必要」 「わたしの出番ですかぁ?ええっと、待ってください。上司に聞いてみないと……」 朝比奈さんは少し視線をさまよわせたが、今度は困ったような顔をした。 「あの……前例がないので判断しかねる、らしいです。どうしましょう」 まるでどっかの頭の固いお役所だな。窓口が三時に閉まらなくてまだマシだ。 「よその世界での時間移動なんて、こちらにはさして影響ないでしょう」 古泉がフォローしたが、投げやりだな。まあそうとも言えないんだが。 「それもそうですね。なにがあってもわたしの責任じゃないですよね」 朝比奈さん、無責任なことをそんなに嬉しそうに言わないでくださいよ。 「……そう。では、はじめる」 長門は文庫本を開き、空中に放り投げた。それは床には落下せず、宙に浮いたままゆっくりと自転した。これ、重力に逆らってるのか。長門が右手を上げて詠唱をしようとしたとき、突然ドアが開いた。 「……あ」 「あ……」 「あんたたち、あたしに内緒でなにしてんのよ。そんなリュックなんか背負って、夜逃げでもする気?」 まずいときにまずいところを見られた。今日は掃除当番じゃなかったのか。 「す、涼宮さん」 「ええっと、僕たちはですね、春休み中の合宿を検討していたんです」 「そうなんです。わたしたち、遠足の予行演習をしていたんです」 朝比奈さん、あなたは来月に卒業する身分ですよ。 「団長のあたしを差し置いてそんなミーティングを開くなんて、免職処分だわ。よくて減俸ものよ」 俺たち給料もらった覚えはないんだが。ボーナス払ってもらえるなら今すぐやめてやってもいいぞ。 ハルヒの眉毛がピクピクと動いた。腕組みをして一同を睨みつける姿は、部下の陰謀に気が付いた戦国の武将のようだ。 「僕達で計画して涼宮さんを驚かせようと思ってですね」 「そんなたわ言は聞きたくないわ。本当のことを話しなさい」 今回ばかりは古泉の必殺爽やかスマイルも役に立たないようだ。全員が、いったいどうしようと互いを見た。 「なによその、示し合わせるような視線は」 俺はハルヒの腕を取った。 「ハルヒ、お前も一緒に来い」 「来いってどこによ」 「でも、そんなことをしたら」古泉が俺を制しようとした。 「置いていったらアレが出るぞ」 古泉は黙った。アレといったらアレ以外ない。 「ハルヒ、今は説明してる暇がないんだ。向こうで説明するから来い」 俺はいつも、厄介事はあとに回すのが習慣なのだ。 「あとは俺が責任を持つから、長門、やってくれ」 「……分かった」 ずっと右手を上げたままだった長門が、ハルヒの呪縛から開放されたかのように呪文を唱えた。 あのときのような白い光には包まれなかった。まわりが暗闇になり、うっすらと見える青い光に包まれた。ドアがあったと思われる方向から、ひとつの青い光の輪がやってきて俺たちを包み、そこにいる五人の姿を照らして、やがて窓があったと思われる方へと消えた。続いて同じ輪が次々と現れは消え、現れては消えた。青い光の輪が並ぶトンネルをくぐるかのように、そして動く歩道の上で移動しているような感覚に襲われた。 ゆっくりと浮かび上がった長門の影が、ドアのほう、光のやってくる方向を指差した。まず長門が、それから俺が続いてそっちへ歩き始めた。まるで暗いトンネルをくぐるかのように。数歩歩いてから、ふと気が付くと正門前にいた。西宮北高だった。 「……到着した」 時間移動にも時空震動にも、似ても似つかない現象だった。今しがた潜り抜けてきた一風変わった風景に、全員が呆然として黙りこんでいた。 朝比奈さんが思い出したように口を開いた。 「ええと、じゃあわたしの番ですね」 行き先の日付は俺がここを離れた十二月二十四日、だいたい夜九時半から十時ごろだろう。朝比奈さんは全員が手を繋いだことを確かめてうなずいた。風景がぐるぐると回りだした。俺も朝比奈さんもハルヒに目を閉じていろというのを忘れていた。三半規管がツイスト状のドーナツみたいになったような不快感に襲われ、足元が天井に張り付いたような重力逆転の幻覚を見てから、ようやく落ち着いた。 「着きました。午後九時四十五分です」 ハルヒを見ると手で口を抑えている。無理もない。奇妙な模様が走るトンネルを歩かされ、テーマパークの絶叫マシンでも体験できないような気分を堪能したのだからな。 「おい、こんなとこで吐くな」 俺は全員を促し、人目を避けてともかくグラウンドに入ることにした。俺はハルヒを水飲み場へ連れて行った。ハルヒは顔をジャブジャブと何度も洗い、俺が渡したハンカチで鼻をかんでようやく落ち着いたようだった。 二日酔いで青ざめたような顔をしたハルヒが口を開いた。 「それで、いったいここはどこなのよ」 さて、ハルヒにどう説明したもんだろう。今までこいつにはいろいろとその場しのぎの嘘をついてきたが、今回ばかりはどう説明すればいいのか見当もつかない。いっそのことタイムトラベルと言ってしまえば、まだ救いようはあるんだが。じゃあどうやってやったのと深く追求されたら、朝比奈さんの秘密を明かすしかなくなる。 「それに、なんで夜なの?まさかタイムトラベルしたの?」 「まあタイムトラベルではあるんだが、ここは俺たちの住んでる世界とは違う、簡単に言ってしまうと異世界だな」 「は?そうなんだ」 ハルヒはぽかんと口を開けた。俺はてっきり、何バカなこと言ってるの、ちゃんと説明しなさいよね、と首を絞められるかと思っていたのだが。 「ということはよ、ここに住んでる人たち全員、異世界人なわけね」 お前、なに目んたまキラキラさせてんだ。 「異世界人は俺たちのほうだろう」 「まあ、外国に行けば自分が外人になるようなもんだけど」 分かりやすいな。 「それで、ここはどういう世界なの」 「どう説明すればいいか分からんのだが、俺たち以外の人間はふつうに存在してふつうの日常を暮らしてる」 「つまり、あたしたちがいないわけ?」 「まあ、そういうことだ」 「分かったわ。こういうことね、異世界人を捕まえてあたしたちの世界に連れて行って人体実験しようってのね」 「そんな地球外生物みたいな真似するかよ。お前が異世界人に会いたがってたからツアーを組んだんだ」 いい兆候なのか悪い兆候なのか、やっと俺らしい出任せが口をつくようになった。 「あたしに黙って行こうとしてたじゃない」 「これは調査旅行のはずだったんだよ。いきなり団長を連れていってトラブルになったら申し訳ないだろ」 「まあ、それもそうね。ロケハンは下っ端のやることだしね」 やっと納得したか。ほかの三人もほっとしたようだった。長門が唱えていたアレはなんだと聞かれなかっただけでもありがたい。俺、段々とハルヒをごまかすのがうまくなってきてるような気がする。勉強はそっちのけでそんなどうでもいいような技術を会得してるなんて、かなり鬱だ。 二章へ
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長門有希の暴走 朝倉編: わたしは自分の部屋にいた。わたしがなぜここにいるのか、理解するのにしばらく時間が必要だった。 わたしは任務を終えて情報統合思念体に戻ったはず。 確かわたしがキョン君を襲って、それを守ったのが長門さん。 そしてわたしの物理的な体は消滅した。あの時間から記憶が途絶えている。 さらに不可解なことに気が付いた。情報統合思念体とコンタクトできない。つまり、存在しない。 わたしのメモリエラーか通信機能の障害か、あるいは情報統合思念体に何かが起こったのか。 わたしは自分の機能をチェックした。エラーはひとつもない。 部屋を見回すと、ちゃんとその風景を覚えている。本棚にミニカーコレクションもある。 喜緑さんによってスクラップにされたミニカーの鉄の塊もそこにあった。 だが何かが違う。わたしは説明し難い違和感を感じて部屋のドアを出た。 長門さんの部屋は覚えている。ドアをノックした。 こちらの様子をうかがうように、ゆっくりとドアが開いた。 そこにはわたしの知らない長門さんがいた。今にも泣き出しそうな彼女がそこにいた。 「朝倉さん・・・」 長門さんはいきなりわたしの首に抱きついた。 「ちょっと・・・どうしたの」突然のことでわたしは戸惑った。 「なぜだか分からないの・・・ずっと会ってなかった気がする」 言葉遣いも違う。わたしの知っている長門さんは言いたいことを一文で短くまとめるクセがある。 感情に任せた曖昧な表現はしない。 「そう・・・わたしも妙な感じがするのよね」 わたしは長門さんの髪をなでた。前にも何度かそうしていた気がする。 わたしは長門さんと情報生命体プロトコルで話そうとした。 ところが彼女はヒューマノイドインターフェイスではない。アミノ酸のタンパク質から構成される、純粋な人間だった。 いったい何が起こったの? わたしは人間にするように、彼女の記憶を読んだ。 そこにあった彼女の人生は、本だけが友達の内気な女子高生だった。 でもなにかひっかかる。まずSOS団が出てこない。涼宮ハルヒを知らない。それからキョン君に関する記憶がおかしい。 彼のことを好きなのは分かっていたけど、彼と話したことすらないという。 人間にしては周辺の繋がりがない。 わたしは気が付いた。この人生は作り物だわ。 彼女の深層心理の奥深く、本人が気が付いてない領域に、隠された手紙を見つけた。 ── 朝倉涼子へ: ── この手紙を読んだ時点で、あなたの知る長門有希はもう存在していない。 ここにいるのは、わたしが作った人間のわたし。 わたしの知る長門さんからの手紙だった。 それからコンピ研部長氏と別れたこと、膨大なエラーの蓄積がはじまったこと、 世界を改変する願望が生まれたこと、そして、わたしに会いたいという願いが切々と綴られていた。 ── こんな大規模な宇宙改変を起こして、何の責めも負わずに済むとは思っていない。 改変による結果を10年先まで計算し、わたしは良心が咎めた。 ひとつだけ、元の世界に戻る道を作っておいた。彼の記憶は消していない。 それが暴走する自分への最後の抵抗だった。 もし彼が鍵を集め、トリガを引いたなら、この世界は元に戻る。 そしてわたしは情報統合思念体から厳罰を受けるだろう。 それでもかまわない。わたしは彼の未来まで奪いたくはなかった。 12月18日未明 長門有希記す ここまで読んで、わたしの目は潤んでいた。 そうなのね。あなたのそばにいてあげたかったわ。 つまり、ここにいるわたしは長門さんに作られた。 自分が完全な人間として生きていけるかどうか分からない不安から、長門さんは保険をかけた。 その保険がわたし。 「いいわ。気が済むまであなたのそばにいてあげる。わたしがあなたを守るわ」 「・・・」 それを知ってか知らずか、人間になった長門さんはコクリとうなずいた。 翌朝。 「長門さん!おはよう!起きてる!?」わたしは長門さんの部屋のドアをドンドンと叩いた。 「・・・おはよう」 「学校行くわよ」 「うん・・・」 まだ眠そうな顔が出てきた。この長門さんはどうも低血圧らしい。 駅前まで来て、わたしは長門さんを見てニヤリと笑った。 「長門さん、今日、学校休みなさい」 「ええっ・・・どうして」 「これからカラオケ行くわよ!着いてきなさい!」 「そんな・・・困る」 「あなたはまじめすぎるのよ。たまにははっちゃけなさい」 「・・・でも先生に怒られる」 「しょうがないわね・・・」 わたしは携帯で学校にかけた。咳をひとつしてかすれ声を作った。 「あの・・・岡部先生いますか。ええ朝倉です・・・ケホ」 「岡部先生・・・すいませんゲホッ。風邪、うつっちゃったみたいなんです。ええ・・・病院寄ってそれから行きます」 「はい・・・あ、それから隣のクラスの長門さんも風邪具合ひどいみたいで。はいお願いしま・・・ゲホゲホ・・・オエ」 「せ、先生っ、ありがとうございます・・・グスッ」 電話を切るなり、わたしたちは噴き出して笑った。 「キャハハハハ、岡部ったらマジで心配してんのアハハハハ」 「・・・クスッ」 長門さん、あなたは笑っていたほうがずっといいわ。 「さあっ今日は遊ぶわよ!」 「あの・・・朝倉さん、制服着てちゃまずいんじゃ」 「じゃあ服も買いに行きましょう」 「ええ・・・そんな」 「お金だったら心配しないの。今日はすべてわたしのおごりよ」 「そういうことじゃなくて・・・」 「四の五の言わず今を楽しみなさい」 まだ戸惑っている長門さんの手を引いて、わたしは改札をくぐった。とりあえずは朝飯よね。 それから北口駅前のデパートで派手な服でも見繕って、それからカラオケかな。 わたしが言うのもなんだけど、長門さん、あたなは人間になったんだからもっと楽しむべきよ。 っとその前に、情報操作して風邪を流行らせておかないとね。 クラスの半分くらいには風邪をひいてもらわないと。 長門さんが、この制服ままじゃ補導されるかもしれない、というので洋服を買うことにした。 二人でハイティーンの洋服売り場に行った。 あれこれ見て回ったが、いまいち子供っぽい気がしたのでワンランク上のコーナーに移る。 長門さんは地味な緑のワンピースを手にしていた。 「あなたには、もっと派手な色のほうがいいわ」だいいち、若いんだからね。 長門さんは似たような色のブラウスを手に試着室に入った。 わたしは椅子に腰掛けて長門さんが選ぶ服をあれこれ指摘した。 「青はやめなさいって。不健康そうに見えるから」ただでさえ色白なのに。 「もうちょっと胸元が開いたほうがいいわね」胸がないのは知ってるわ・・・胸パッドしてみたら?。 「なんとなく腰のあたりが頼りないわ。細いベルト締めてウエスト見せてみたら?」 何度かとっかえひっかえした挙句、まあ見れるスタイルになってきた。 「どう・・・?」 「GOOD JOB!」わたしは親指を突き立てた。 「じゃ、次は化粧品よ。メイクにいくわ」 「ええっ」あなた、少なくとも女なんだから化粧くらい知ってなさい。 わたしは長門さんに服を着せたままレジを済ませ、化粧品売り場に連れて行った。 お姉さんに耳打ちして、この子はじめてなんだけど、5歳くらい年上に見えるようにしてくれと頼んだ。 「がってん、任せなさい!」このお姉さん、好きだわ。 長門さんははにかみながらメガネを外した。 ガラス越しには分からなかったけど、この子、いい目をしてるのね。 化粧水で肌を整え、ベースを軽く塗る。薄めにファンデーション。 眉毛をやや強く出して・・・長門さんの顔がみるみる変わっていく。 「こんな感じでどうかしら。肌がきめ細かいからノリがいいわ」 そうして出来上がった長門さんはとても元の長門さんとは思えなかった。 「長門さん・・・あなた、輝いてるわ」女のわたしでもホレボレした。 「そ・・そう。ありがとう」頬にさらに赤みがさしてなかなかいい。口紅が映えている。 わたしも軽くメイクしてもらった。まあ、わたしは下地がいいから2歳くらい上でいいわ。 「眉毛どうします?」眉毛がなんですってええ?わたしはお姉さんを睨んだ。彼女は黙った。 「・・・朝倉さん、きれい」 「み、見つめないで・・・はずかしいわ」わたしは口元をおさえてシナを作ってみせた。似合わない。 長門さんと並んで鏡の前に立った。二人とも、とても高校生とは思えない仕上がりだ。 長門さんのために口紅とマニキュアを買って、それから店を出た。 「気分変わっていいでしょう?」 「・・・うん」 外見からでもいいの、もっと自分を変えるのよ。そう言いたかった。 「じゃあ、次はカラオケよ。腹に溜まってるモヤモヤをありったけの声で出すの」 「わたし・・・行ったことない」 「じゃ、今日が記念すべき日ね!」 「長門さん!もっとおなかから声を出しなさい。ほら、こう!」わたしは長門さんのおなかを押さえた。 「は、はいっ」 ナゾナゾ~みたいに~地球儀を解き明かしたら~♪ 実はいい声をしているのね。 細く通る声で歌う長門さんを見て、わたしはこの世界に来てよかったと思った。 今、わたしは本当に自由よ。情報生命体はわたしひとり。誰にも支配されない。誰にも干渉されない。 あなたがせっかく作ってくれたんだもの、この世界を楽しみましょう。 二人でデパートの上階で昼ご飯を食べているとき、長門さんがぼそりと言った。 「・・・ちょっと疲れた」 「そうね。ふだんし慣れないことをいきなりやっちゃったからね」 「でも、楽しい」 あなたの口から楽しいなんて言葉が出てくるなんて。 「じゃあ、今日はこの辺で学校に出ようかしら?。重役出勤だけど」 「・・・そうする」 「その前に化粧を落とさないとね」 こんな顔で教室に入ったら頭にウィルスが回ったのかと岡部がひっくり返るわ。 わたしたちは化粧室で顔を洗った。 化粧水も洗顔石鹸もなかったけど、なに、情報操作でお安い御用よ。一瞬で口紅まできれいに落とせるわ。 メガネをかけ、セーラー服に身を包んだ長門さんは、今朝会った元の長門さんだった。 この変わりようときたら。 「そのうちメイク教えてあげるわね」 「・・・うん」嬉しそうな長門さんを見て、わたしは作戦成功を確信した。 わたしたちはそのまま学校へ行った。わたしの操作どおり、風邪を引いてる生徒が多かった。 「長門さん、風邪引きが多いみたいだから気をつけてね」 「・・・うん」 「じゃ、またね。部活が終わったら落ち合いましょう」 わたしは教室の前で手を振った。 「あの・・・朝倉さん」 「なにかしら?」 「・・・今日はありがとう。楽しかった」 「またいつか行こうね」 この子がもう少し笑えるようになったら、また連れて行こう。 わたしは1年5組の教室に入った。 皆が歓声で迎えてくれた。わたし、こんなに人気者だったかしら。ああ、ここは向こうとは違うのね。 この世界ではわたしはクラスメイトに頼られる存在。 「朝倉さん、具合どう?」 「うん、もう大丈夫よ。午前中に病院で点滴打ってもらったらすぐによくなったわ」 実は心配してもらえるのはすごく嬉しいこと。 「朝倉、なんかお前香水臭いな」男子生徒が言った。ギクリとした。 わたしは制服の匂いをかいだ。かすかに残っている。風邪ひいてるわりには鼻が利くのねこいつ。 「きっと病院に行ったせいだわ。患者に化粧の濃いおばちゃんが多かったから」 わたしは自分の席につこうとした。国木田君が弁当を広げている。 「あ、どかないと」 国木田クン、前から思ってたけど、あなたかわいいわよ。素直だし、その気なら付き合ってあげたのに。 わたしの机の前の席にいる男子生徒、そこには笑っていない顔があった。 「待て、どうしてお前がここにいる」この人も風邪かしら。声が枯れてるわ。 「どういうこと?わたしがいたらおかしいかしら」 こいつには、わたしの正体を絶対に知られてはいけない。 キョン君は涼宮ハルヒのことを聞いて回っている。バカね、こんなところにいるわけないじゃないの。 プッ、国木田君にほっぺたをつねってもらってるわ。そうよ、あなたはずっと夢を見ていたの。 ここが現実なのよ。 わたしはこいつの記憶を読んだ。 そう・・・向こうの世界ではそんなことがあったんだ。 ついでにあなたの記憶も消して二度と向こうに戻れなくしてあげたいんだけど、 それは長門さんの頼みだからやめとくわね。 「朝倉涼子は転校したはずだ」 こいつはまだ訳のわからないことを言っている。だいぶ混乱してるみたいね。 「保健室に行ったほうがいいみたい。具合のよくないときって、そういうこともあるわ」 わたしの手を振り払って、とうとう教室から出て行った。 でもね、おあいにくさま。この学校には涼宮ハルヒはいないし、SOS団も存在しないの。 古泉一樹を探しに行ったのかしら。今ごろ1年8組の教室の前で唖然としてるでしょうね。 これは長門さんのジョークなのかしら。クラスを丸ごと消してしまうなんて、いいセンスしてるわ。 わたしはしばらく彼の監視を続けた。 まかり間違って元の世界を再構築などされてはたまらない。 翌朝、キョン君が話し掛けてきた。 「朝倉。本当に覚えがないのか、お前は俺を殺そうと思ったことはないか?」 「・・・まだ目が覚めてないみたいね」 あるわよ、何度もね。それというのも、あなたが涼宮ハルヒしか見ていないから。 言っておくけど、あなたがここにいるのは長門さんの希望だからね。 ヘンな真似したら容赦しないんだから。 夕方、わたしは晩御飯を作って長門さんの部屋に持っていった。 部屋に長門さん以外にも誰かがいる。いつもならドアをどんどん叩くところだけど、インターホンを押す。 「長門さん、いる?」 「・・・朝倉さん?」 「夕飯持ってきたんだけど、一緒に食べない?」 「でも・・・」 「鍋が熱いの。開けてもらえないかしら」 「今は来客中で・・・」 「その人も一緒に食べればいいじゃない」 「・・・そう、待ってて」 部屋に入ると、案の定、キョン君がいた。 「なぜ、あなたがここにいるの?不思議ね」 分かってはいたけれど、まさか部屋にまで押しかけてくるとはね。 「朝倉が作ったのか?」 「そうよ。こうして時々長門さんにも差し入れるの」 だって長門さん、コンビニの弁当しか食べないんだものね。体壊すわ。 「それで?あなたがここにいる理由を教えてくれない?気になるものね」 「あー、ええとだ。そう、俺はいま文芸部に入ろうかどうか悩んでいる」 またまた出任せを。あなたはひとりぼっちで長門さんしか頼れない。だからここにいる。 どう?ひとりになった気分は。少しはわたしたちの孤独感が分かったかしら。 「あなたが文芸部?悪いけど、全然ガラじゃないわね」つい、鼻で笑ってしまった。 キョン君はカバンを持って帰ろうとした。ちょっといじめすぎちゃったかしら。 「あら、食べていかないの?」 「帰るよ。やっぱ邪魔だろうしな」 長門さん、ごめん、ちょっと言い方きつかったみたい。彼を引き止めて。 玄関でボソボソと話し声が聞こえ、キョン君は再び戻ってきた。 ごめんね、ついいじめたくなっちゃうの。わたし、嫉妬してるのね。 キョン君とご飯を食べるのは、はじめてだった。 この人、谷口と違って女の子の前ではあまりしゃべらないのね。 教室では愛想悪い男子生徒ナンバーワンだし。 「ねえねえキョン君、今度3人でどこか行かない?」 「どこかって・・・どこにだ」 「どこでもいいわ。賑やかなところ」 「そうだな・・・考えとく」 まったく愛想悪いわね。ネタ振りしてるのに全然乗ってこない。 それもそうよね。わたしに一度殺されかけたものね。あなたほんとに長門さんに感謝してるのかしら。 二人とも黙々とおでんを食べた。キョン君って存外人見知りするのね。 素朴で純粋で、これといった自己主張もない。 あんたたち、付き合えばお似合いなのに。 素直に気持ちを表現できない二人を見て、わたしはちょっと寂しくなった。 「あ・・・グスッ」 「ど、どうしたの長門さん」 「・・・カラシが鼻に効いたの」 「大丈夫か長門」 部屋に小さく笑い声が起こった。 「じゃあ、そろそろ帰るわね。鍋は明日取りに来るから」 キョン君も安心したのか、ほっとした表情をした。 「明日も部室に行っていいか?」玄関でコソコソ話しているようだけど、わたしには聞こえている。 長門さんが小さく微笑んだ。キョン君も驚いていた。 そりゃそうよ。この長門さんはあなたの知ってる長門さんじゃないもの。 「あなた、長門さんが好きなの?」 エレベータで彼と二人きりになったとき、わたしはカマをかけてみた。 彼の反応を見ていると、まんざらでもないらしい。 そうよね、この世界にたったひとりで放り込まれたあなたなら、長門さんを慕うわ。 わたしが誰かは気が付いてないみたいだけど。 「また明日ね」 わたしは5階でエレベータを降りた。 お望みなら、長門さんと一緒にしてあげるわよ。あなたの中の、涼宮ハルヒの記憶を抹消してね。 懸念していたことが起こったようだわ。谷口の口から涼宮ハルヒの名前が漏れた。 あいつ、言わなくてもいいことをペラペラと。今度会ったらおしおきだから。 キョン君が駅前の高校に通う涼宮ハルヒと接触したらしい。そこには古泉一樹もいるはず。 これだけ物理的に近いんだもの、そりゃ簡単に遭遇するわよ長門さん。 彼と一緒になりたいのか、涼宮ハルヒに取られてもいいのか、あなたの本望が分からないわ。 朝比奈みくるも含めた元SOS団のメンバーが文芸部部室に集まっている。 わたしは気が付いた。これが長門さんの言っていた鍵ね。 彼はこの世界を消そうとしている。 そうなれば長門さんの希望で作られたこの世界が潰えてしまう。 長門さんがまたつらい日々に戻ってしまう。そんなことはさせない。 わたしは2日前の自分に同期した。彼をいますぐ殺せ、と。 午前4時19分。わたしは突然そこにいた。今は12月18日、か。 わたしは自分の部屋にいた。わたしがなぜここにいるのかしばらく考えた。 わたしは情報統合思念体に戻ったはずだった。 長門さんと一芝居打って、キョン君を襲い、それを守ったのが長門さんだった。 そしてヒューマノイドインターフェイスとしてのわたしは消滅した。あの時間から記憶がない。 情報統合思念体を検知できない。わたしは自分の機能をチェックしたが、エラーではなかった。 いったい何が起こったの。 未来のわたしから同期要請があった。答えはたぶんそこにある。 「何があったの?」 ── わたしはあなたから数えて2日後のわたし。時間がないの。今すぐ彼を殺して。 わたしはすべてを理解した。長門さんがこの世界を作った。それを今、壊そうとしているやつがいる。 じゃあどこに行けば? 彼が長門さんを襲うとしたら、世界を改変した直後のはず。 それより前でも、後でもない。そうでなくては鍵が存在する時空が発生しない。 そしてそれは、今この時間。 わたしはアーミーナイフを持って立ち上がった。北高正門前に走る。 正門前には長門さん、キョン君、朝比奈みくるがいた。 躊躇はしなかった。わたしは腰にナイフを溜めて彼に体当たりした。 「長門さんを傷つけることは許さない」わたしは冷静だった。 わたしは彼のわき腹に刺さったナイフをグリグリと回転させて引き抜いた。 ごめんね。あなたは嫌いじゃないの。でも、心から頼ってくれる長門さんのほうが大事なの。 街灯の下で長門さんが小さく浮かび上がっていた。恐怖におびえている。あなた、人間なのね。 「朝倉・・・さん」 「そうよ長門さん。あなたを脅かす物はわたしが排除する」 彼は地面に倒れこみ、すでに動けなかった。有機物ベースの生命体なんて、もろいものね。 「トドメをさすわ。あんたは長門さんを苦しめる」わたしは思いきりドスを効かせて喋った。 彼は震え上がったようだ。 次の瞬間、背後に別の気配を感じた。 「な、長門さん」 わたしのナイフの刃を握り締める、そこにはもうひとりの長門さんがいた。 まさかそんな・・・これはまるであのときと同じじゃない。 ナイフの情報結合が解除されていく。わたしは逃げようとした。でも足が張り付いて動けない。 「そんな、なぜ?あなたが望んだんじゃないの・・・今も・・・どうして・・・」 予想はしていなかった。長門さん自身が望んだことなのに。なぜ邪魔をするの。 二度もあなたに消滅させられようとは。これもなにかの因果かもしれないわね。 長門さんが詠唱をはじめた。わたしの体が足元から少しずつ消えてゆく。 そのときわたしは見た。長門さんの目にうっすらと光る透明な、冷たい水の淀みを。 コンマ2秒、わたしと長門さんは見つめあった。一瞬よりは長い永遠。 ── 朝倉涼子・・・ごめんね。ほんとにごめんね。 「いいのよ。あなたのエラー因子はわたしだったのね」 ── つらいとき、あなたにそばにいて欲しかった。それが止まらなかった・・・ 「今度はキョン君を手放しちゃだめよ」 その言葉が彼女に届いたかどうかは分からない。 これから起こる時空震のあと、今のわたしは向こうの世界には戻らない。 つまり、わたしは今ここで死ぬ。 さようなら、長門さん。楽しかった。ずっと、妹みたいに思っていたわ。 向こうのわたしによろしくね。 最後に見たのは、長門さんの頬にきらりと光るなにか。
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三 章 Illustration どこここ 翌朝、俺はわざと遅れて自転車で会社に行った。昨日長門に謝ろうとずっと電話していたのだが電源を切っているか電波が届かないが延々続いて結局そのままになってしまった。 ハルヒは俺が出社しないうちに二人を連れて中河に会いに行った。俺は知っていてわざと遅刻したのだが、今度は先方の取締役会と親会社の役員に会うらしい。さっさと進めてしまいたい気持ちは分かるんだがな、交渉ごとを急いでやると損するぞ。 ── というわけなので、以下は聞いた話である。 中河テクノロジーの親会社、つまり筆頭株主だが、揃いもそろってでっぷり太ったお偉いさんばかりだった。バブル崩壊を潜り抜けて来たつわもの共で、きっとあくどい事をして稼いできたに違いないと思わせるような連中だった。こういう連中は市場の注目を浴びそうな目新しい技術がお好みらしく、人工知能を使った業務支援プログラム技術というものに惹かれているらしい。 「これまで、人工知能と謳われた技術のうち実用化したものは、限定された環境においてのみ稼動するものばかりでした。実用化のコストもさながら、どんな情報にも応じられる汎用性の高いプログラムロジックは実現が難しいとされてきました」 中河のプレゼンだが、技術的な話を延々述べても右から左に素通りするだけだろうというので、深く突っ込んだ話はしなかったらしい。まあこいつらは金を出すだけだからな。 「ここに新時代の人工知能技術を設計された長門有希さんを紹介します。彼女を取締役最高技術責任者として迎え、海外も含めた事業展開を任せたいと考えています」 会議室に全員の拍手が響いた。ハルヒも椅子から立ち上がって深々と頭を下げている。 突然拍手の波を破ったのは、固いテーブルをドンと叩いた長門の拳だった。経営陣を、それから中河を睨みつけていた。 「……この買収、断る」 「有希ったら、いきなりどうしたのよ」 長門は中河を指差して叫んだ。 「あなたはわたしに近づくために会社を買い取る。わたしは、売り物ではない」 「い、いえ、そんなつもりはまったくありません」 中河は顔を真っ赤にして弁解した。長門は皿のような目で一堂を見回してから、文字通り席を蹴って出て行った。座っていた椅子がクルクルと床に転がった。 「皆さん申し訳ありません、私の言動が誤解を招いたようです」 「とんでもありません、長門が失礼を申しまして、すいませんすいませんっ」 ハルヒが冷や汗をかきかき、平謝りに謝った。 「、ということがありましてね」 「そりゃみんな驚いただろうな」 「ええ。結局会議は中座しまして、鶴屋グループの会長と取引銀行も呼んで金額的な折り合いをつけようということになりました」 「鶴屋さんの親父さんか。俺たちがふだん動かしている金とは桁が違うから、そういうベテランがいたほうがいいかもしれんな」 「それはそうと、ちょっと耳に入れておきたいことがあります」 「なんだ」 「実はこの件が持ち上がってから中河テクノロジーの株が買われています」 「どういうことだ」 「調べてみましたところ、親会社の役員筋からネタのリークがあったようです。どうやらインサイダーの匂いがしますね」 「買収ネタで株価操作しようってのか」 「インサイダー無法地帯の日本ではよくあることですが」 よくあるっつったって違法は違法だろうが。そりゃまあ株価ってのはどんなネタでも上がったり下がったりするもんだから、さして驚きはしないが。 「そして今日、長門さんが交渉の場を蹴ってしまうと買いがぴたっと止まりました」 「ざまあ見ろだな。俺たちをネタにして濡れ手に泡で儲けようなんてやつがいるとは、ハルヒが聞いたらぶち切れるぞ」 「切れているのは長門さんのほうで、もしかしたらすでにご存知なのかもしれません」 いやまあ、長門が怒っているのは俺に原因があるんだが。 「それにしても、長門さんがあのように感情を露にされるのを見るのははじめてです。僕も唖然としてしまいました」 俺はといえば、長門、よくやったという気持ちだった。最初この話があったとき、長門の評価がもっと上がればいいという正直な気持ちも確かにあった。ところが上がったのは中河テクノロジーの株価だったってわけだ。 いやいや、株価なんかはどうでもいいんだがなにか腑に落ちない。ここに来てなにが不満なのかよく考えてみたが、俺たちの作ったSOS団を誰か外部の人間に操られるのが嫌だという、非論理的でマネージメントともビジネスともまったく関係ないところから来る率直な気持ちだった。SOS団を金を生むためのネタにされるのが嫌なのだ。金にあかせて会社を食っちまうアメーバみたいな大手グループなんぞにSOS団を渡してなるものか。中河なんぞに長門を渡してなるものか。これは俺の会社だ。俺の長門だ。 その日、長門はとうとう会社には戻らなかった。自宅の電話にも携帯にも出ない。 「もう、有希ったらいったい何考えてんのかしら」 「SOS団が売りに出されるのが嫌なんじゃないか」 「売るわけじゃないわよ。手漕ぎのボートから豪華客船に乗り換えるだけじゃない」 「俺は長門の気持ちは分かるぜ。金を稼ぐだけが目的の仕事は嫌なんだろう」 「もう、場合によっちゃ取締役から外すからね」 「まあ長門には俺から話すから待ってくれないか」 「いいけど、この交渉がこじれたら有希のせいだからね」 俺は少しだけハルヒをじっと見て、それから言った。 「お前、中河が長門を誘ってたの知ってたか」 「えっ……」 「たぶん長門は、自分が買い取られるように感じたんだろう」 「そんなこと有希はひとことも言わなかったのに」 「言うわけないさ。俺しか知らん」 「で、あんたはなんて言ったの」 「好きにすればいいと答えた」 「あんた、ずっとバカだと思ってたけど、ほんと最低ね」 「自分でもそう思う」 「あのねキョン、この際だから言うけどね。有希がどれだけ気持ちを溜め込んでるか分かってないでしょ」 「俺なりに多少は分かってるつもりなんだが」 「あたしだったらね、好きだと思ったら嫌われても真正面から好きと言うわよ。でも有希は簡単に表に出すタイプじゃないわ」 「お前が長門を観察してたとは意外だな」 「あったりまえじゃないの。団員の精神状態くらい把握してるわよ」 長門の微妙な心の動きを察知できるのは俺だけだと自負していたが、実はなにも分かっちゃいなかったのかもしれない。長門の表情に広がる小さな波紋はちょっとした眉毛の動きとか瞬きのタイミングとか視線の流れとか、あるいは口元の緩みなんかなのだが、それを見ていれば今どう思っているか分かる。でもあいつの心の中にある、見えなくて時間のずっと先にあるものは分かっていなかった。 「今から有希に会って謝ってきなさい」 「俺だけが悪いのかよ」 「当たり前でしょ、有希にとっちゃ中河さんなんてどうでもいいのよ。問題はあんたよ。ちゃんとフォローしなさいよね」 「分かってるさ。二三日したら長門も落ち着くだろうと考えてたんだよ」 ハルヒはイライラと眉毛を吊り上げた。 「あんた、あたしが今までやったことでひとつだけ後悔してることがあるの、知ってる?」 「さあな。自信家のお前が後悔するようなことがあったのか」 ハルヒはまっすぐ俺の目を見据えて言った。 「十一年前に、ジョンスミスの電話番号を聞かなかったことよ!」 俺はどう答えていいのか分からなかった。その件に関しちゃ、別の意味で責任を感じているわけなのだが。 「そのときはどうでもいいことのように感じたけど、あれから気になって毎日のように探したわ。近隣の電話帳で探した。身元調査会社も雇ったわ。市役所で調べてもらおうとしたら断られた」 「まあ、そりゃそうだろう」 「何度もあきらめようと思ったし、いっそ別の誰かと付き合おうかとも考えたわ。見合いをしたのはかなりヤケだったけど」 「そうだろな。あれは見ていて痛々しかった」 「そんなことはどうでもいいのよ。あたしが言ってるのは、一度の出会い、一度のデート、一度のキスがそれからの一生を決めることもあるってことよ」 俺はなにも言えなかった。 「昔の人はいいことを言ったわ、一期一会ってね。あんたは十年も待てるタイプじゃないでしょ?」 このハルヒの一言は、俺にはかなり重くのしかかった。もし俺がハルヒの立場だったら。簡単にあきらめてさっさと別のやつに視線を移していたに違いない。 「分かった……。これから行ってくる」 「ちゃんとバラの花束を持っていくのよ」 分かってるさあ、いちいち。 長門になんて謝ろうかと難しい顔をしつつロッカーから背広を取り出していると、古泉が、二人の間になにがあったかは知らないけどがんばってくださいとニヤつきながら言った。歴史改変のときには散々ハッパをかけたこいつに言われるとはな。 「なあハルヒ、思ったんだが」 「まだいたのあんた、さっさと、」 「お前が打ち合わせに行くたびに中河テクノロジーの株価が動いてるの知ってるか」 「そうなの?」 ハルヒが古泉に向かって首をかしげると黙ってうなずいた。 「買収の目的が一緒に仕事をしたいってのは表向きで、情報やら技術やらを金のネタにされた挙句骨抜きにされるなんてことはよくある話なんだが」 「中河が株価操作してるっていうの!?」 いきなり呼び捨てかよ、さっきまでさん付けだっただろう。 「そうとは言い切れないが、グループの中に俺たちをネタに一儲けしようってやつがいるのは確かだ」 「それくらい、業界じゃふつーのことでしょ」 「会社経営はそういうもんだってのは分かってるさ。だがなハルヒ、お前はSOS団が汚い金にまみれてしまうところを見る覚悟があるか?」 ハルヒは黙った。俺たちには金の質をとやかく言うほどの経験もないし経営判断ができるわけでもない。 「でも、SOS団にないものが中河テクノロジーにはあるのよね」 「中河テクノロジーのリソースじゃなくて、鶴屋さんのリソースを借りるほうがまだ安全だろ」 俺たちは傘下にいながら鶴屋グループのことをほとんど知らない。正式には傘下ではなくて鶴屋さんのポケットマネー的な孫会社ってことになっているのだが、ハルヒはそれもそうねぇという表情をしていた。 あーそうだ、鶴屋さんといえば花を買っていこう。俺は長門のマンションに向かう前に鶴屋さんの店に寄った。 「いよっ、キョンくんじゃないか。今日も疲れた顔してるねっ」 「どうもです鶴屋さん。長門の件はすいませんでした。もしかしたら今回の話は見送りになるかもしれませんが」 俺は腰四十五度の礼をした。 「いやいや、いいっさ。もう買収交渉はうちの親父に任せることにしたから、あたしはノータッチなのさっ。ハルにゃんがやりたいようにやるのがいいさ」 「なんというか、鶴屋さんの親父さんにまでご迷惑をおかけして申し訳ないです」 「わははっ、固い話は抜き抜き。あたしはただの花屋さっ」 世間話に来たんじゃないんだった。 「花束をひとつお願いしたいんですが」 「ほほーう。して、どういうシチュエーションなんだい?」 「実は長門を怒らせてしまいまして」 「あははは。怒った長門っちには萌えそうだね。まあ、男と女にゃそういうこともあるっさね」 「ピンクのバラを入れてもらえますか」 「ようがすっ。ちょい待ち」 予算は一万円くらいにしてもらった。今月はあれこれ出費がかさむ。 「メッセージカードは入れるかい?」 「ええと、ください」 マジックで、ごめんよ長門と書いて刺してもらった。俺にはラテン語なんて書けない。 「まいどありっ。がんばれキョンくん、キミならやれる!」 右肩をガシっと叩かれ、二十四時間元気営業中の鶴屋さんパワーをもらって少しだけ気分が軽くなった。自転車の前カゴにバラの花束をのっけて鼻歌なんか歌ってしまうくらいに意気揚々と長門のマンションへと向かった。 玄関で長門の部屋の番号を押したが、出てこなかった。もしかして眠ってるか、あるいはまだ怒ってて出てこないか。俺は四桁の番号を押して自動ドアを開けて入った。部屋のドアの前でインターホンを押してみるが出てこない。いないのか? 電話をかけてみるが部屋の電話にも携帯にも出なかった。あいつがこの時間にひとりで出かけてるとは思えないんだが、図書館はもう閉まってるし。気になってあちこちかけてみたが誰も行方を知らないようだった。 俺は喜緑さんにかけてみた。 『喜緑です』 「もしもし、キョンです。ご無沙汰してます」 『あら、こんばんわキョンくん』 「長門が昼過ぎくらいからいなくなってしまいまして、もしかして行き先にお心当たりがあるんじゃないかと」 『ちょっと待っててくださいね』 喜緑さんは送話口を手でふさいで、なにか話しているようだった。 『キョンくん、あのね。長門さんここにいるんですけど、今は会いたくないらしいんです』 な、なんですと。長門に避けられてるなんて俺も終わりだ。 「ちょっとだけ話したいんですが、電話に出してもらえませんか」 『えっと……ごめんなさい、いやだって言ってますわ』 これは困った。何号室かは知らないが喜緑さんってたぶんこのマンションだよな。新聞の勧誘のフリをして一軒ずつノックして確かめてみるか。 「ドアの前に花束を置いておくので水に挿してくれ、と伝えてもらえます?」 なんだか古泉のときと同じ展開だな。バケツの水を被せられないだけマシか。 『分かりました』それからヒソヒソ声で、『あのねキョンくん、落ち着くまで少し時間を置いたほうがいいと思いますわ』 それもそうだな。とりあえず居場所は分かったんで、俺はよろしくと頼んで電話を切った。喜緑さんならなんとか取り成してくれるかもしれない、なんて甘いことを考えつつ。 マンションを出て、俺は建物を見上げた。すべての部屋の明かりが灯っている中で、長門の部屋の窓だけが暗かった。 このまま長門が別れるなんて言い出したらどうしよう。中河と仲睦まじく会社経営にいそしむようになったら、なんかの拍子に中河と付き合うようになったりしたら。中河も悪いやつじゃない、カリスマ的で誰もが安心して頼れるタイプだ。俺でも男惚れする。俺は蚊帳の外、取締役が決まっているハルヒとも会えず、古泉とひっそり昼飯を食うだけの毎日。たぶんだが俺はやる気をなくして会社をやめちまうだろうな。 ついこないだ高校一年の俺を見てあまりのだらしなさに腹が立って殴ったが、根本的に中身が変わってない気がする。こんな俺に誰か喝を入れてくれないものか。そんな他力本願なことを考えてるからダメなんだということは重々承知しているんだが。 そのまま家に帰る気にはなれなくて、俺はなんとなく公園に足が向いた。街灯の下に黄色いベンチがぼんやりと浮かんでいる。俺は自転車を止め、ため息をつきながら腰を下ろした。 「はあ……」 別に目的があって来たわけじゃなくて、考え事をするときなぜかここに来るのだが、思えばこのベンチにもいろんな思い出があるよな。ここに来ればパブロフ的に安心するというか、時間と空間がからむようなトラブルには必ずといっていいほどここにやって来たものだ。今でも街灯の下でぽつりと座っている長門がいるような気がするし、振り返れば茂みの中に朝比奈さんがいるような気さえする。いつでも俺を待ってくれていた。 公園の入り口のほうから人影が歩いてきた。 「キョンくん、こんばんわ」 「あれ、喜緑さんですか。さっきはどうも」 「お元気そうね」 「元気といいますか、まあ、精神的にはかなり参ってますが。長門のことでいろいろお世話かけてすいません」 「いいんですよ。男性と女性にはいろいろありますから」 この人には色恋沙汰というものがありそうでなさそうで、日ごろがおっとりしているだけに恋愛したらハリケーン並みの嵐になるんだろうななんて失敬なことを考えている俺だが、にっこりと微笑む喜緑さんを見ていると少しだけ気持ちが癒された。 「では、行きましょう」 「行きましょうって、いったいどこへです?」 「キョンくんに会いたがっている人がいるんです」 こんな唐突にいったい誰だろう。俺が不思議がっていると「キョンくんの古い知り合いです」と言った。昔テレビでやってた初恋の女の子とご対面みたいな感じがしなくもないですが、今の俺はそんなやつに会っても愛想笑いのひとつもできんと思いますよ。 喜緑さんは俺の隣に座って手を握り、 「ちょっと揺れますから、目を閉じていてくださいね」 手が触れたときちょっとドキリとしたが俺は言われるままに目を閉じ、深呼吸をした。たぶん時間移動かなんかだろう。と思った途端やっぱり重力が上下反転する感覚に襲われ、閉じているはずの目蓋の裏で明滅する幻影がぐるぐると浮かんでは消えた。 「もういいですよ」 二人はベンチに座ったままだった。 「どこですかここ」 「駅前公園のベンチです」 時間移動したんじゃなかったのかと周りを見回したが、夜空も公園の木々も同じままで俺の知る風景となんら変わりはなかった。もしかして茂みの中に朝比奈さんが潜んでいるのかと目を凝らして待ったが、ウサギの気配すらない。 「その相手ってのはどこにいるんです?」 「線路沿いの道を下っていくといます」 「そっちって長門のマンションじゃないですか」 「わたしはここで待っていますね」 「喜緑さんも一緒じゃないんですか?」 「ええ、キョンくんだけで会ってきてください」 見も知らない人にひとりで会いに行くのかと、俺が不安げな表情を見せると喜緑さんはにっこり笑って大丈夫と言った。 喜緑さんは俺の耳元でそっと囁いた。 「ちょっと驚くようなことがあるかもしれません」 言われるままに俺は公園から出て道なりに進んだ。また妙なことになりそうな予感がして、心細げに後ろを振り返りつつ道を歩いた。もうすぐ通いなれた長門の住むマンションだが。俺の古い知り合いで最近は会ってなくて、俺に一人で会えってことは朝倉なんかじゃなさそうだし谷口やら国木田なんかに呼び出される筋合いはまったくないし、いったい誰だろう。俺は同級生の顔をいくつか思い浮かべた。まさか中河が俺に用があるとかでこんな呼び出し方をしたのか、なわけはないよな。この先にはハルヒが地上絵を描いた中学校もあるが、もしかしたらそこかもしれない。 右手に、さっき出てきたばかりの長門のマンションが見えてきた。敷地の入り口に人影が立っていて、じっとこっちを見ていた。近づくとよく見知っている女の子がゾウリ履きにワンピースという姿で門柱に隠れるようにしていた。 「……キョン?」 やっぱり長門だったが、俺を二人称代名詞でなくてあだ名で呼んでくれるなんて珍しいじゃないか。昨日から今日の間にずいぶん変わっちまったな。 「そ、そうだが」 「もっと、顔をよく見せて」 長門は目を細めて俺を凝視し、メガネを外してハンカチでレンズを磨いた。よく見ると伊達メガネじゃなくてレンズに度が入っている。 俺の知ってる長門じゃなかった。あだ名であろうと偽名だろうと、俺のことを名前で呼んだりはしない。この長門は頬を染めて俺に駆け寄るなり両手を握り締め、嬉しくて同時に悲しいという俺でも滅多にしないような複雑な表情をしていた。もしかして俺の歴史改変のせいで長門がこんなに表情豊かに変わっちまったのかとまで疑いもした。潤んでくる目をメガネを外して何度も拭い、ここに俺が存在するのが信じられないという様子で何度も目をパチパチと瞬きした。 「……ぜんぜん、変わってない」 「長門、だよな?」 「そう。わたしが分からないの?」 なぜか俺にはそれが分かった。人間の、長門だった。 長門はまるで俺に逃げられるのが不安とでもいうようにずっと手を離さず、お茶を入れるから上がって上がってと言いながら部屋のドアまで手を引いた。長門に引っ張られて部屋に入るなんて前代未聞だぞ。 脱いだ靴も揃えぬまま、ともかくテーブルの前にペタン座りをさせられ、長門がキッチンへ駆け込んでいって急須に茶葉を入れてお湯を注ぐ音をじっと聞いていた。 「ええと、聞きたいんだが、ここはどういう世界なんだ?」 「どういう世界、とは?」 「ここが過去なのか未来なのか、お前なら分かるんじゃないかと思ったんだが」 長門はまた妙なことを言うやつだという目で俺を見つめ、 「あなたは、前にも同じようなことを言った。わたしが宇宙人だとか」 抑揚がないところは似ているが、この長門は表情筋の動きが活発で、しゃべりも流暢でたまに身振りすら入れる。それにいつもは少し間を置いて無言からはじまる会話がない。 見たところマンションの様子も部屋の様子もあまり変わりはないし、俺の知っている長門の部屋と違和感はない。若干カーテンやら家具のデザインやら、インテリアの趣味が華やかな気もするが。にしても、こいつがヒューマノイドインターフェイスでなくて人間なのはなぜだろう。喜緑さんは俺になにをさせたかったんだろう。こいつはいったい誰なんだ、情報統合思念体はとうとう長門を人間の女の子にしちまったのか。 「それっていつのことだっけ」 「高校の頃、はじめて文芸部部室に来たとき」 文芸部部室にはじめて訪れたのは、ハルヒが部活をはじめるからというんで首根っこをひっつかまれた仔猫のようにして連れてこられたときのはずだが、俺が改変した歴史だと長門に勧められて入部したときだったか。どっちにしても長門とそんな会話したっけ。宇宙人の話はむしろ長門がしてくれたんじゃ……。 「涼宮さんはあなたが部室に連れてきた。他校の生徒だったので驚いた」 「ハルヒがよその学校の生徒?」 俺はしばらく考え込んだ。ふと、あるシーンが目に浮かんだ。はにかみながら白い紙片を差し出す長門。門の前で体操着に着替えるハルヒ。学ランを着た古泉。朝比奈さんのグーパンチ。つまりこいつは長門が自らと世界を作り変えちまったときの長門か!?俺はまたあの日に戻ってきたのか!? 「それにしちゃ、いろんな意味で俺の記憶と違う気がするんだが」独り言がポロリと漏れた。 「あなたの記憶?」 「あ、いやなんでもないんだ。最初に会ったときのことを詳しく聞かせてくれ」 「あなたと会ったのは、本当はもっと前。中央図書館がはじめてで戸惑っていたわたしに貸し出しカードを作ってくれた。あのときのあなたはとても親切で印象に残っていた」 「そのへんは覚えてなくてな。学校でもあれがお前だとは気がつかなかったんだ」 それは長門が作った俺との馴れ初めストーリーだな。あんときは過去を捏造されたんだとばかりにイライラしたが、あれは長門流のロマンスだったのかもしれない。 「そう。それから二度目は冬、あなたが突然部室に現れた。わたしが宇宙人だと言い張って戸惑った」 あんときの俺はそりゃもう必死だったからな。今思い出しても赤面するぜ。 「それからわたしが誘って、ここでおでんを食べた。朝倉さんが作ってきてくれた」 おかしい、この長門はなぜすべてを遠い過去形で語っているんだろう。凝視していると長門は顔を赤くしてうつむいた。それでもじっと見つめていると、俺の長門とは微妙に違うところに気がついた。 「長門、ちょっと立ってくれないか」 「なに?」 長門はテーブルに手を着いてスクと立ち上がった。薄手のワンピースの裾が揺れる。 「身長は今いくつだ」 「ずいぶん測っていないけど、一六〇くらい。どうして?」 あのときとは背丈が違うな。スラリとしていてどっちかというとスレンダーっていうか。 「今、何歳なんだ?」 「二十四。なぜ?」 その答えに衝撃が走った。あの日から八年も経っている。長門によって改変された世界は十二月十八日の未明に俺たちの手によって上書きされ、なにもなかったことになったんじゃなかったのか。古泉の説明を信じるなら、時間軸が交差して無限記号のような二つの十二月十八日があり、未来からの干渉で事態を修復したんじゃなかったのか。この長門はあれから八回のクリスマスを数え、北高を卒業して成人を迎えて今ここにいる。未来の本人によって修正プログラムの短針銃を打たれたにもかかわらず、こうして俺の前でメガネをかけたままでいる。じゃあ朝倉はまだ健在で相変わらずおでんを作ってきたりするのか、ハルヒや古泉はどうしているのか。この世界がどうなっているのか、俺になにをさせたいのか喜緑さんの意図が分からない。 長門は続けた。 「その次の日にあなたは三人を連れてきた。ひとりは北高の二年生、あとの二人は光陽園学院の生徒だった。そしてあなたはパソコンの電源を入れて忽然と消えた。わたしたち四人を残したまま」 俺は言葉を失った。あの後がどうなったかなんて考えもしなかった。世界は元通りになり、全員がなにごともなかったと同じように暮らしているとばかり思っていた。 突然消えたりして残された人がいったいどんな気持ちになるか、心配どころか悲嘆に明け暮れそれが身内なら飯も食えない日々だろう。自分がそんな仕打ちを周りにしていたなんて今になってショックを受けている。結果がどうなるか、Enterキーを押す前に長門のメッセージの意味をもっと深く考えるべきだった。それを受け入れるだけの覚悟が自分にはあるのかちゃんと考えるべきだった。 俺はあの日に文芸部部室に置き去りにした長門を見た。せめて旅に出るくらいの一言はあってもよかっただろうに。 「その後はどうなったんだ?」 「覚えてない?」 「すまん、記憶が曖昧でな」 「次の日の朝、あなたはカナダへ転校したと聞いた。それ以降まったく音沙汰もなかった」 「そうだったのか……」 「……そして八年経った今、突然現れた」 つまり、こっちの世界から消失したのは俺で、朝倉の代わりに俺自身が行っちまったのか。別れの挨拶もなしに消えた俺を知って谷口の唖然とした顔が目に浮かぶようだ。 静かな部屋の中で沈黙が二人を包んだ。俺は詫びることすらできなかった。この長門は白くなるまで唇をかみ締め、その後に訪れた俺のいない空白の時間を思い返しているようだった。いくら自分の世界に戻るためとはいえ、俺はこの長門を別れも告げずに置き去りにしたのだ。意図的ではなかったにしろ長門を八年も独りにしてしまった。信じてくれなくても事情くらいは知っておいてもらうべきだった。 俺は自分がしでかしたことよりも八年という長い時間が経っていることのほうがショックで呆然としていた。 「長門、すまなかった」 ようやくそれだけが口からこぼれ出た。 「なぜ消えたのかどうして今になって戻ってきたのか、なにがあったのか教えてほしい。それに、わたしが驚いているのに、あなたは再会を喜んですらいないのはなぜ」 この長門は少し怒っている風でもある。その様子を見てなんとなく安心した。なんというか、人間には不条理なことに遭うとそれに対して怒ったり嘆いたり感情を露にすることで少しは落ち着くという、はけ口みたいなものがある。俺の長門みたいに処理不可能なエラーが延々積もったりはしない。それで気が晴れるなら俺を恨んでくれてもいいさ。 「朝倉の知り合いで喜緑さんって人がいてな、その人が俺をここによこしたんだ」 「……」 長門は疑いの目を向けていた。これだけじゃ説明になっていないよな。いっそのことすべてを話すことができたなら、いや、話しても信じてくれるかどうか自信がない。 長門は俺の手の上に自分の手を載せた。その温かさに動かされるように、俺は口を開いた。ここまで心配かけたんだ、空白の時間を償えるならすべてを明かしてもかまわないだろう。 「長門、お前は異世界を信じるか」 「異世界?」 「うまく説明できるかどうか分からんが、これから話すことは人間のお前には信じられんことかもしれん ──」 俺はいつかの長門を思い出してひとり笑いした。長門流に言うなら、情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない、ってところだな。心配するな長門、ちゃんと伝わったから。 ── そう、まるで夢のような話だ。 俺は、俺自身の世界で最初にハルヒに会ったときからの過去をかいつまんで聞かせた。長門はじっと黙って聞いていた。ときどきうなずいたりはして、俺の長門が世界を改変してしまった日の話にかかると、空想世界の話を聞いているような表情は少しずつ消えていった。 話の途中でふと思い出してポケットから財布を出した。今も持ち歩いている、存在しないはずの西宮中央図書館のカード。 「これは長門が、つまり向こうのお前が作ってくれたんだ。あのときみたいにな」 長門は見慣れない図書カードを手にして不思議そうにいじっていた。それから一枚の写真。ホームレスのおっさんたちに握り締められて、もうよれよれになって色あせたハルヒと長門のツーショット写真だ。 「これがもう一人の、つまり俺が親しくしてる長門だ。こっちはハルヒで、世界をひっくり返すんじゃないかと超恐れられている存在だ」 「そう。涼宮さんとはときどき会う」 「こっちのハルヒは、あいつらはその後どうしてるんだ?」 「あなたが消えてからかなり怒っていた。いきなりやってきて宇宙人や未来人の話をした挙句、忽然と消えたりするのは卑怯だと」 「あいつらしいな。まさかSOS団の活動を続けたりしてないだろうな」 「続けていた。市内不思議パトロールであなたを捜索していた」 ま、またそんな不毛なことを。やみくもにジョンスミスを探してるなんて俺たちのハルヒと同じじゃないか。まあ唯一の救いはといえば、こっちのハルヒのイライラで閉鎖空間が発生したり世界が滅亡の危機にさらされたりしないことか。 「向こうのハルヒは猫にモノしゃべらせたり目からレーザーを出したりする映画作ったもんだが」 「映画はわたしたちも作った。特殊効果はなかったが、社会問題を扱ったドラマを作った」 「ハルヒが社会派の映画か、俺も見たかったな。四人とも学校が違うのに撮影大変だったろ」 「サークルで作った。四人は同じ大学に入って活動をした」 なるほどね。三年遅れだが結局はみんな同じところに集まったんだな。 思えば、うらやましい環境かもしれない。ハルヒは世界を作り変えたりせず、長門はエラーを起こさず、朝比奈さんは上司にパシリを命じられたりせず、古泉は神人と戦ったりせず、シャミセンは日本語をしゃべったりしない。この世界には宇宙人的魔法も時間移動も、世界を救うための超能力も、そしてなにより世界を覆す力もない。当然、俺というハルヒのストッパー役がいないのでそれはそれでバランスは取れているのかもしれないが。 でもまあ、もしあの日と同じ十二月十八日がもう一度あったとしても、俺は元の世界を選ぶだろう。ハルヒのセリフじゃないが、だってそのほうが面白いからな。 「あのとき俺がEnterキーを押したのは、向こうの世界が好きだったからなんだ」 「そう。二つのうちどちらかを選べと言われたら、たぶんわたしも自分の世界を選ぶ」 和らいだ表情で人間の長門はうなずいた。 「あれからどうなったんだ?長門は今はなにをしてるんだ?」 「大学を出た後、図書館で司書をしている」 俺は中央図書館のカウンターで静かに座っている長門を想像した。俺の長門は実験着を着て論文を書いたり、パソコンのキーボードを光の速さで叩いたりしているが、図書館の司書は本が好きなこいつにいちばん似合う職業かもしれない。 「あいつらはなにをしてんだ?」 「涼宮さんは大学院に進んだ。量子物理専攻だったと思う。朝比奈さんは教職課程を取って小学校の先生。古泉くんは、確か警察庁幹部候補」 古泉がおまわりかよ!趣味の推理好きが高じて仕事になりましたって感じがしないか。 「涼宮さんと古泉くんは去年結婚した」 ま、まじっすか。やっぱりその展開になったのか。尻に敷かれてんだろうなぁ、古泉。北高に入学して来なかったところを見るとこっちのハルヒにとっちゃジョンスミスはあんまり重要な位置づけじゃなかったようだし、それはそれでいいとするか。 「長門は好きな人はいないのか?」 「いる。婚約している」 なにげなく聞いた質問だったのだが、その答えに落雷が落ちたような衝撃が走ってすべての髪の毛と体毛が逆立った。そ、そうだよな、二十四歳だもんな。この美貌じゃ男どもが放っておくはずがないよな。 長門はキャビネットの中から写真立てを持ってきた。野郎と並んで長門が写っている。極上なスマイルを浮かべながら長門の肩に手をやった野郎の姿が非常に嫉妬を掻き立てる。えらく体格がいいな。なんか、知ってるやつのような気がするんだが。 「こ、これ、中河じゃないか!!」 「そう。なぜ知ってるの」 「中学校のときのクラスメイトでな」 っていうか、俺のいたの世界じゃ中河が長門に遭遇するのは高校一年の冬休みで、長門が世界を改変する出来事の後のことなんだが、時系列がおかしくないか。 「彼とは大学で一緒だった」 なるほど、世間は狭いっていうがまさにそれだな。そういや中河が長門を見初めたのは高校一年の五月ごろのことで、あれがそのまま引き継がれてこっちの世界にも繋がってるんだとしたらありうる話かもしれん。 っていうか、あんな小型のブルトーザーみたいなゴツイ男のどこがよかったん、……。 「……」 「なに?」 「いや、なんでもない」 こいつにはこいつの人生があって、幸せになる権利がある。いや、幸せにならないといけない。二人を祝福してしかるべきことのはずが、なぜだか悲しい。 「それがお前の望んだ幸せならいいんだが」 「そう。わたしは今、幸せ」 「そうか、ならよかった」 何度も言うが、こいつにはこいつの人生がある。ハルヒのときだって、朝比奈さんにだって、俺は勝手に嫉妬したり干渉したりしていた。長門のときだって、中河が今にも燃え出しそうな情熱的なラブレターを俺に託したときも正直いい気はしなかった。できることならほかの男をそばに寄せたくはなかった。 ── あなたは、彼女には彼女の人生があるということを知るべき。 長門の声が耳にこだまする。それを聞いたのはいつだったろうか。 喜緑さんが俺をここへよこした理由が、なんとなく分かった気がする。ハルヒに釘を刺されたセリフじゃないが、人生なんてたったひとつのタイミングで簡単に変わってしまう。干渉したり嫉妬できるうちはまだいいが、一度流れが別のほうへ変わってしまえば、ダダをこねようが地団太を踏もうがどうすることもできない。人生もそれぞれ、行く道もそれぞれ、重なり合った二人の時間線がふとしたことで永久に離れてしまうこともあるんだ。 「よかったらこの写真もらえないか」 「え……これでいいの?」 「ああ。幸せそうなお前が写っているこの写真が欲しい」 「そう。それでよければあげる」 喜緑さんのことを思い出してふと時計を見ると九時回っていた。だいぶ話し込んでしまった。 「すまんがそろそろ帰るわ。人を待たせてるんだった」 「そう、」 長門がそう言い終えないうちに電話がかかってきた。長門はうんとかええとか返事をしていたが、やがて、 「彼が今から寄ると言ってる」 「中河か、これからか」 「そう。あなたにも会ってほしい」 どうしよう。俺はその、なんというかいくらガタイのいい中河でもあいつが怖いなんてことはないが、向こうのあいつは俺にひどい仕打ちをしてくれてるわけで、面と向かって堂々と話をするなんてことはできそうにないぞ。 「すまん、やっぱ落ち着いて話をするのは無理だ。いくら異世界でもお前はやっぱり俺の長門だし、その婚約者なんかと堂々と話ができるほど度胸の座った男じゃないし」 「そう」 「小心者だからな」 そういうと長門は目を細めてクスクスと笑ってみせた。ああ、この長門はちゃんと笑うんだな。 立ち上がって腰を伸ばそうとすると、足元でみゃあという鳴き声がした。鼻のまわりと前足だけが黒い、真っ白な猫がズボンの裾にまとわりついていた。俺にシャミセンのにおいがついているのかもしれない。 「猫飼ってるのか」 「そう。あなたに言われてから飼っている」 ここはペット禁止だったはずなのだがまあバレなければいいか。俺はその猫を抱き上げた。妙に見覚えのあるその表情と模様に、もしかしたらこいつは時空に対して曖昧な長門んちの猫なんじゃないかと、その名前を呼んでみた。 「おい、ミミ」 猫の姿は消えるはずもなく、みゃあと一声だけ鳴いた。 「なぜこの子の名前を知ってるの」 「いや、なんだかそんな気がしたんだ。俺のいた世界でお前がちょうど逆の模様をした猫を飼ってる」 「そう……」 これはたぶん偶然なんかじゃなくて、なにかの因果ってやつだろう。ミミ、長門のことをよろしく頼むぜ。 靴を履いて玄関を出るとビーチサンダルをペタペタと鳴らして長門がついてきた。エレベータの前に立ち止まり下向きボタンを押して待った。エレベータのドアが開いて中に入り、ここでいいよと手を振ったのだが、長門はそのままドアの内側に入り込み俺から離れようとしなかった。ドアが閉まり、そこが密室になると長門はじっと俺の目を見つめた。 「あなたが……好きだった。今でも」 湧き上がる気持ちを抑えきれないように俺の背中に腕を回し、肩に顔を埋めた。俺は心拍数が少しずつ上昇するのを感じた。なにやら名状しがたいモヤモヤが胃の辺りで生まれて止まない。こいつを連れて遠くに逃げたいという衝動となぜだか泣き出したくなるような衝動が、水面に垂らした絵の具のようにぐるぐると渦巻いて心の中に溶け込んでいく。俺も長門の小さな背中に腕を回してギュッと抱きしめた。このまま永久にエレベータが止まらず下降し続ければいい、そう願った。そして俺の長門がこれを見たらどう思うだろうかという説明しがたい後ろめたさに充たされた。 「ああ、知ってた。許してくれ……」 長門は俺の胸に顔を埋め、じっと鼓動を聞いていた。 「ごめんなさい。ずっと言えなかった。やっと言えた」 あんまり俺を責めないでくれ。もう少しで泣きそうだから。 「もし誘ったらだが、俺といっしょに来るか?」 言ってはならないことを言ってしまった気がする。婚約までした長門が相手を裏切るなんてことはありえないのは分かっていた。いくら感傷的になっているとはいえ俺は裏切りをそそのかすようなことを言う自分を恥じた。だが長門は一瞬の躊躇も考えることもなく、 「あの人はずっとわたしを待っていてくれた。だから、彼に報いたい」 「そうか。安心した」 中河は一途なやつだ。十年経ったら迎えに来るとまで誓った男だ。最近じゃ誘うほうも誘われるほうも恋愛が極端に簡単になっちまって、一人の女のために人生を投げうてるやつはそうそういない。俺なんかよりよっぽど根性ある男だと思う。この長門だって、ここで一時の感情に流されるより、心に決めたやつと一緒になるほうが幸せになれるさ。 「変なこと聞いてすまんな、今のは忘れてくれ」 「いい。ときどき遊びに来て。年に一度でもいい」 それができるのかどうかは、俺には分からない。この世界と向こうの世界がどうやって繋がっているのかも俺には分からないのだ。 「約束はできんが、もし来れたら向こうの長門を連れてくるよ」 この長門はにっこりと笑ってうなずいた。 エレベータのドアが開いた。さっきまで密室を満たしていた重たい空気は少しずつ薄まってゆき、昼間の名残の匂いのする微風にまじって流れた。 玄関の自動ドアを出てマンションの門柱のところで長門はぴたりと止まった。俺は数歩歩いて手を振り、また少し歩いては手を振った。もうひとりの長門、会えてよかった。さよならだ。 振り返ると、マンションの明かりを背に受けた長門の小さな影がぽつりと見えた。それに歩み寄る別の影がひとつ、そして二つの影が寄り添い互いに抱き合ってひとつになった。長門がこっちを指差してなにかを話していた。 ここで中河と話をする勇気はさらさらない俺だが、一声だけ叫んだ。 「こら中河!長門を不幸にしたらタダじゃおかんぞ!」 俺はそのまま走った。走って逃げた。ニヤニヤ笑いを浮かべながら。 「おかえりなさい」 駅前公園に入ると喜緑さんが笑っていた。さっきのが聞こえていたようだ。 「喜緑さん、長らくお待たせしました」 「いかがでしたか」 「ええ。あいつも元気そうで安心しました」 「それはよかったですわ」 「あの長門、ヒューマノイドインターフェイスじゃないですよね」 「ええ」 「あれは人間の長門でしょう」 「あの子は長門さんがそうなりたくて生まれた長門さんです。八年前の十二月十八日に」 「ここがどういう世界のなのかなんとなくは分かったんですが、古泉の話だとあの日は確か未来からの干渉で上書きしたんじゃないですか?ええと、ベルヌーイ曲線でしたっけ」 「いいえ、上書きはされていないんです。ただわたしたちの時間軸から切り離されただけ」 「俺たちの時間とは別に存在してたんですか」 「そうです。十二月十八日の未明を境に、情報統合思念体によって切り離されたものなんです。この時間軸はわたしたちのいる世界とは二重化された世界。一枚の紙の裏側みたいなものですね」 なんだか難しい話になってきたが、つまり並行世界みたいなものか。長門も似たようなことを言ってたような覚えがあるんだが、思い出せない。 「でも、長門のエラーから生まれたこの世界をなぜ残したんです?」 「……」 喜緑さんはそこで少し考え込む様子を見せた。 「たとえばですが、キョンくんが別の世界を作ったとして、それが失敗だったからといって消してしまうでしょうか」 「難しいですね……」 前にも同じジレンマを感じた覚えがあるが、あれはいつのどんな事情だったか。ハルヒならそれをやりかねんが、俺自身がそれをやるかどうかと言えばたぶん無理だろう。どんな世界でもそれが最初から存在するべきでなかったなんてことは俺には言えない。少なくとも、そこに長門がいる限りは。 「時間線と世界線はつねに同じ点で繋がっているんです。時間のほうだけを都合よく修正することはできないんです」 「でもまさか、俺のいない世界が八年も存在し続けていたなんてショックです。俺自身が突然消えてしまったわけですから」 「ええ。わたしたちも放置していたわけではなくて、キョンくんの周辺はできるかぎり調整を施しました。この時空は、今は情報統合思念体の管理下にあります」 「ということは俺の家族なんかも、俺がいなくてもいつも通り生活してるわけですか」 「はい。長門さんが二重化したために複雑な修正を施してしまいましたが、今のところちゃんと機能しているようです」 単に時間を元に戻すだけだと思っていた、俺たち人間の考えが浅かったってことだな。そういうことならまあ、こっちの長門とハルヒと、それから朝比奈さんをよろしく頼みます。古泉?あいつは俺のコンプレックスの塊みたいなやつなんでどうでもいいですが。 「こちらでのみなさんはごく平均的な人生を過ごしている、と観測されています。ただひとり、あなた以外は」 そこで喜緑さんは俺に伺うような目線になった。 「これで……よかったでしょうか?」 「よかった、とは?」 「わたしたちは人の幸福という概念について研究して来ましたが、まだ不明な点が多いんです。それに関与する資格はないのかもしれません」 「それは人間自身にも分からないことですよ、きっと」 「キョンくん不在の穴埋めが本当にできたのかどうか分からなくて……」 銀河を支配する集団にしちゃえらく控えめなこの質問は、穏健派の喜緑さんだから腰が低いのか、あるいは、すべての派閥を代表する率直な気持ちなのか。 思い起こせば、あの日に起こったのは長門のエラーなんかじゃなかったのかもしれない。長門は俺に二つの人生を用意してくれた。毎日が全力疾走で手段を選ばず願望を叶えるハルヒに特殊な力を持った三人がそのフォローに追われる世界と、かたや、ハルヒの引き起こすドタバタに魔法や時間移動や超能力を使わなくても生きていける世界。 ハルヒだって長門だって、特別な力がなくても幸せになれるんだ。願望を実現する能力があってもなくても毎日がドタバタなのには変わりない。こっちの長門に会ってみてそれが分かった。どっちの世界の住人もそれなりに幸せを享受していて、それなりに苦労していて、ああだこうだ言いつつもやっぱりこっちがよかったとそれぞれが思うに違いない。隣の芝は青い、青すぎてそこに住んでみたくなるなんてことはなくて、いくら雑草がはびこっていても庭は庭、自分ちの敷地が住みやすいもんだ。 「喜緑さん、ボスに伝えてください、ありがとう、と」 喜緑さんのやや不安げな表情は消え、にっこりと微笑んだ。 「では、帰りましょうか」 「またいつか、来れますよね」 喜緑さんはただ微笑むだけで肯定も否定もしなかった。 喜緑さんが右手を上げて詠唱し、二人の周囲にぼんやりとオレンジ色の球体が生まれた。俺たちを包む球は最初ゆっくりと浮上し、地面を離れてからぐんぐんと急上昇した。町の明かりが次第に小さくなってゆき暗い宇宙が目の前に迫ってきた。だんだんと気が遠くなる。今までのことがすべて意識の彼方に飛んでいく。 気がつくと俺はベンチで眠っていた。公園だった。見上げると星が出ていた。 「喜緑さん?」 見回してみるが気配はない。先に帰っちまったのかそれとも最初からいなかったのか、もしかしたらあれはすべて夢だったんじゃないか。確かに眠ってはいたが夢にしちゃリアルすぎるだろ。 俺はかくも長き長編映画を見た後のような余韻に包まれ、しばらく頭がぼーっとしていた。気温はかなり下がっているはずだがなぜか顔だけは火照っている。メガネをかけた長門を思う後ろ髪を惹かれるような気持ちと自分の現実に帰ってきた安堵とがないまぜになって、浮かんだ花びらのように俺の心の水面をくるくると踊っていた。 やがて俺の長門のことを思い出し、エレベータの中での心臓が締め付けられるようなあのモヤモヤは少しずつ消えていった。 俺はポケットを探って携帯を取り出した。ベンチの背もたれに体を預けたまま星空を見上げ、呼び出し音を数えた。向こうの中河がどうあれ、こっちの中河には話をつけておかなければならん。俺のモチベーションが下がらないうちにな。 『なんだ、キョンか。どうした』 「おい中河、お前に言っておくことがあるっ」 必要以上にハァハァと鼻息が荒い気がするんだが、まあ普段からこういうことに慣れていないからだな。 『尋常じゃないな、なにがあったんだ』 「愛してるんだ。誰にも渡さん」 『は?大丈夫か、酔ってんのかキョン』 「俺は八年をかけてやっと本当の愛に目覚めたんだ。横槍を入れるやつは断じて許さん」 『気持ちは嬉しいんだがキョン、すまんが俺にはそういう趣味は、』 気のせいか前にも同じシーンがあったような。 「俺の女に手を出すなつってんだよ。お前がいくら体育会系アメフト出身でも喧嘩の相手くらいなってやるぞ」 体力勝負からいってタックルは無理だがコイントスなら勝てる自信はあるぞ。 『な……』 中河はしばし沈黙したまま、どう答えていいのか分からないようだった。 『もしかして長門さんのことか』 「あったりまえだろうが」 『その……なんだ。キョン、すまん。俺が思い違いしてたようだ。お前はてっきり涼宮さんと付き合ってるのかと思ってたんだ』 ま、またそれか。ったくどいつもこいつも俺とハルヒをくっつけないと気がすまんのか。 「ハルヒは古泉と付き合ってるんだよ」 『知らなかった、あのハンサムなニヤけ男とか』 ニヤけ男は合っているが、お前に言われるとなぜか腹が立つな。 「いくら長門が好きでも先に誰かに打診するもんだろうが。たとえば俺にだな」 『そうだな。いや、八年前に道化師を演じた大失態があるから分かってくれてるだろうって思ってたんだが』 まあ、気持ちは分からんでもない。あの一件以来、中河といや俺たちの間ではピエロだったからな。 『どうだ、これから飲みにいかないか。お詫びに俺のおごりだ、長門さんも呼べばいい』 俺は腕時計を見たがすでに十時を回っていた。あ、ええっと、どうだろう。 「今ちょっと長門とトラブっててな、今日は無理だな」 『なにかあったのか』 「お前のせいで長門を怒らせちまったんだよ。俺と中河の好きなほうを選んでいいなんてことを言っちまったのさ」 『俺もかっこ悪いが、お前も相変わらずだな』 携帯のスピーカーから中河の笑い声が漏れてきた。つられて俺も他人事のように笑った。 『まあ、俺が言うのもなんだが、長門さんを大事にしろ。ああいう女性は滅多にいない』 当たり前だろ。長門みたいな女は世界中、いやこの宇宙のどこを探しても見つかるまい。この銀河を統括するやつらの中でもユニークな存在なんだぞ。 「ああ、それからな中河」 『なんだ』 「今回の買収の件なんだが、ほんとは長門が欲しかったんだろ」 中河は少し黙り、電話の向こうではたぶん顔を赤くしているんだと思うが、 『図星だ。長門さんと二人で仲むずまじく会社経営なんて甘い夢を見てた』 「なんとまあ、お前もよく夢を見る男だな」 中河は、それが俺の生きるためのエネルギーさ、と言って笑った。 「ここんとこ会社の株価が上がってるのはお前の仕込みなのか」 『ああ、あれか。俺自身は関与してないがグループ内の金融機関でやってる買収の資金繰りみたいなもんでな、一部は別会社を経由してSOS団に流れるはずだった。厳密に言えばまあインサイダーなんだが』 自社の株価を操作して資金調達する仕組みになってたのか、知らなかった。 「買収はきれいごとばかりじゃないってことか」 『ああ。だが長門さんの協力が得られないのなら今回の話はあきらめようと思う』 「まあそう急ぐな。無理に傘下にしなくてもビジネスパートナーとして付き合っていけばいいじゃないか」 『長門さんが許してくれればいいんだが』 「あいつは根に持つやつじゃないさ。ひとこと詫びを入れとけばいいだろ」 『そうか。お前にも悪いことしたよ』 中河は悪いやつじゃない。女のことになるとちょっと空回りするってだけだ。空回りしすぎてひとりクラッシックバレエを踊ってしまうことも多々ありだが、世の中に男と女がこれだけいりゃ、こういうこともあるさ。 『なあキョン』 「なんだ」 『あのときの長門さんの怒った顔』 「それがどうした」 『正直、惚れた……』 な、中河てめえ!この期に及んでホの字になってんじゃねえ。 四章へ
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三 章 Illustration どこここ 翌朝、俺はわざと遅れて自転車で会社に行った。昨日長門に謝ろうとずっと電話していたのだが電源を切っているか電波が届かないが延々続いて結局そのままになってしまった。 ハルヒは俺が出社しないうちに二人を連れて中河に会いに行った。俺は知っていてわざと遅刻したのだが、今度は先方の取締役会と親会社の役員に会うらしい。さっさと進めてしまいたい気持ちは分かるんだがな、交渉ごとを急いでやると損するぞ。 ── というわけなので、以下は聞いた話である。 中河テクノロジーの親会社、つまり筆頭株主だが、揃いもそろってでっぷり太ったお偉いさんばかりだった。バブル崩壊を潜り抜けて来たつわもの共で、きっとあくどい事をして稼いできたに違いないと思わせるような連中だった。こういう連中は市場の注目を浴びそうな目新しい技術がお好みらしく、人工知能を使った業務支援プログラム技術というものに惹かれているらしい。 「これまで、人工知能と謳われた技術のうち実用化したものは、限定された環境においてのみ稼動するものばかりでした。実用化のコストもさながら、どんな情報にも応じられる汎用性の高いプログラムロジックは実現が難しいとされてきました」 中河のプレゼンだが、技術的な話を延々述べても右から左に素通りするだけだろうというので、深く突っ込んだ話はしなかったらしい。まあこいつらは金を出すだけだからな。 「ここに新時代の人工知能技術を設計された長門有希さんを紹介します。彼女を取締役最高技術責任者として迎え、海外も含めた事業展開を任せたいと考えています」 会議室に全員の拍手が響いた。ハルヒも椅子から立ち上がって深々と頭を下げている。 突然拍手の波を破ったのは、固いテーブルをドンと叩いた長門の拳だった。経営陣を、それから中河を睨みつけていた。 「……この買収、断る」 「有希ったら、いきなりどうしたのよ」 長門は中河を指差して叫んだ。 「あなたはわたしに近づくために会社を買い取る。わたしは、売り物ではない」 「い、いえ、そんなつもりはまったくありません」 中河は顔を真っ赤にして弁解した。長門は皿のような目で一堂を見回してから、文字通り席を蹴って出て行った。座っていた椅子がクルクルと床に転がった。 「皆さん申し訳ありません、私の言動が誤解を招いたようです」 「とんでもありません、長門が失礼を申しまして、すいませんすいませんっ」 ハルヒが冷や汗をかきかき、平謝りに謝った。 「、ということがありましてね」 「そりゃみんな驚いただろうな」 「ええ。結局会議は中座しまして、鶴屋グループの会長と取引銀行も呼んで金額的な折り合いをつけようということになりました」 「鶴屋さんの親父さんか。俺たちがふだん動かしている金とは桁が違うから、そういうベテランがいたほうがいいかもしれんな」 「それはそうと、ちょっと耳に入れておきたいことがあります」 「なんだ」 「実はこの件が持ち上がってから中河テクノロジーの株が買われています」 「どういうことだ」 「調べてみましたところ、親会社の役員筋からネタのリークがあったようです。どうやらインサイダーの匂いがしますね」 「買収ネタで株価操作しようってのか」 「インサイダー無法地帯の日本ではよくあることですが」 よくあるっつったって違法は違法だろうが。そりゃまあ株価ってのはどんなネタでも上がったり下がったりするもんだから、さして驚きはしないが。 「そして今日、長門さんが交渉の場を蹴ってしまうと買いがぴたっと止まりました」 「ざまあ見ろだな。俺たちをネタにして濡れ手に泡で儲けようなんてやつがいるとは、ハルヒが聞いたらぶち切れるぞ」 「切れているのは長門さんのほうで、もしかしたらすでにご存知なのかもしれません」 いやまあ、長門が怒っているのは俺に原因があるんだが。 「それにしても、長門さんがあのように感情を露にされるのを見るのははじめてです。僕も唖然としてしまいました」 俺はといえば、長門、よくやったという気持ちだった。最初この話があったとき、長門の評価がもっと上がればいいという正直な気持ちも確かにあった。ところが上がったのは中河テクノロジーの株価だったってわけだ。 いやいや、株価なんかはどうでもいいんだがなにか腑に落ちない。ここに来てなにが不満なのかよく考えてみたが、俺たちの作ったSOS団を誰か外部の人間に操られるのが嫌だという、非論理的でマネージメントともビジネスともまったく関係ないところから来る率直な気持ちだった。SOS団を金を生むためのネタにされるのが嫌なのだ。金にあかせて会社を食っちまうアメーバみたいな大手グループなんぞにSOS団を渡してなるものか。中河なんぞに長門を渡してなるものか。これは俺の会社だ。俺の長門だ。 その日、長門はとうとう会社には戻らなかった。自宅の電話にも携帯にも出ない。 「もう、有希ったらいったい何考えてんのかしら」 「SOS団が売りに出されるのが嫌なんじゃないか」 「売るわけじゃないわよ。手漕ぎのボートから豪華客船に乗り換えるだけじゃない」 「俺は長門の気持ちは分かるぜ。金を稼ぐだけが目的の仕事は嫌なんだろう」 「もう、場合によっちゃ取締役から外すからね」 「まあ長門には俺から話すから待ってくれないか」 「いいけど、この交渉がこじれたら有希のせいだからね」 俺は少しだけハルヒをじっと見て、それから言った。 「お前、中河が長門を誘ってたの知ってたか」 「えっ……」 「たぶん長門は、自分が買い取られるように感じたんだろう」 「そんなこと有希はひとことも言わなかったのに」 「言うわけないさ。俺しか知らん」 「で、あんたはなんて言ったの」 「好きにすればいいと答えた」 「あんた、ずっとバカだと思ってたけど、ほんと最低ね」 「自分でもそう思う」 「あのねキョン、この際だから言うけどね。有希がどれだけ気持ちを溜め込んでるか分かってないでしょ」 「俺なりに多少は分かってるつもりなんだが」 「あたしだったらね、好きだと思ったら嫌われても真正面から好きと言うわよ。でも有希は簡単に表に出すタイプじゃないわ」 「お前が長門を観察してたとは意外だな」 「あったりまえじゃないの。団員の精神状態くらい把握してるわよ」 長門の微妙な心の動きを察知できるのは俺だけだと自負していたが、実はなにも分かっちゃいなかったのかもしれない。長門の表情に広がる小さな波紋はちょっとした眉毛の動きとか瞬きのタイミングとか視線の流れとか、あるいは口元の緩みなんかなのだが、それを見ていれば今どう思っているか分かる。でもあいつの心の中にある、見えなくて時間のずっと先にあるものは分かっていなかった。 「今から有希に会って謝ってきなさい」 「俺だけが悪いのかよ」 「当たり前でしょ、有希にとっちゃ中河さんなんてどうでもいいのよ。問題はあんたよ。ちゃんとフォローしなさいよね」 「分かってるさ。二三日したら長門も落ち着くだろうと考えてたんだよ」 ハルヒはイライラと眉毛を吊り上げた。 「あんた、あたしが今までやったことでひとつだけ後悔してることがあるの、知ってる?」 「さあな。自信家のお前が後悔するようなことがあったのか」 ハルヒはまっすぐ俺の目を見据えて言った。 「十一年前に、ジョンスミスの電話番号を聞かなかったことよ!」 俺はどう答えていいのか分からなかった。その件に関しちゃ、別の意味で責任を感じているわけなのだが。 「そのときはどうでもいいことのように感じたけど、あれから気になって毎日のように探したわ。近隣の電話帳で探した。身元調査会社も雇ったわ。市役所で調べてもらおうとしたら断られた」 「まあ、そりゃそうだろう」 「何度もあきらめようと思ったし、いっそ別の誰かと付き合おうかとも考えたわ。見合いをしたのはかなりヤケだったけど」 「そうだろな。あれは見ていて痛々しかった」 「そんなことはどうでもいいのよ。あたしが言ってるのは、一度の出会い、一度のデート、一度のキスがそれからの一生を決めることもあるってことよ」 俺はなにも言えなかった。 「昔の人はいいことを言ったわ、一期一会ってね。あんたは十年も待てるタイプじゃないでしょ?」 このハルヒの一言は、俺にはかなり重くのしかかった。もし俺がハルヒの立場だったら。簡単にあきらめてさっさと別のやつに視線を移していたに違いない。 「分かった……。これから行ってくる」 「ちゃんとバラの花束を持っていくのよ」 分かってるさあ、いちいち。 長門になんて謝ろうかと難しい顔をしつつロッカーから背広を取り出していると、古泉が、二人の間になにがあったかは知らないけどがんばってくださいとニヤつきながら言った。歴史改変のときには散々ハッパをかけたこいつに言われるとはな。 「なあハルヒ、思ったんだが」 「まだいたのあんた、さっさと、」 「お前が打ち合わせに行くたびに中河テクノロジーの株価が動いてるの知ってるか」 「そうなの?」 ハルヒが古泉に向かって首をかしげると黙ってうなずいた。 「買収の目的が一緒に仕事をしたいってのは表向きで、情報やら技術やらを金のネタにされた挙句骨抜きにされるなんてことはよくある話なんだが」 「中河が株価操作してるっていうの!?」 いきなり呼び捨てかよ、さっきまでさん付けだっただろう。 「そうとは言い切れないが、グループの中に俺たちをネタに一儲けしようってやつがいるのは確かだ」 「それくらい、業界じゃふつーのことでしょ」 「会社経営はそういうもんだってのは分かってるさ。だがなハルヒ、お前はSOS団が汚い金にまみれてしまうところを見る覚悟があるか?」 ハルヒは黙った。俺たちには金の質をとやかく言うほどの経験もないし経営判断ができるわけでもない。 「でも、SOS団にないものが中河テクノロジーにはあるのよね」 「中河テクノロジーのリソースじゃなくて、鶴屋さんのリソースを借りるほうがまだ安全だろ」 俺たちは傘下にいながら鶴屋グループのことをほとんど知らない。正式には傘下ではなくて鶴屋さんのポケットマネー的な孫会社ってことになっているのだが、ハルヒはそれもそうねぇという表情をしていた。 あーそうだ、鶴屋さんといえば花を買っていこう。俺は長門のマンションに向かう前に鶴屋さんの店に寄った。 「いよっ、キョンくんじゃないか。今日も疲れた顔してるねっ」 「どうもです鶴屋さん。長門の件はすいませんでした。もしかしたら今回の話は見送りになるかもしれませんが」 俺は腰四十五度の礼をした。 「いやいや、いいっさ。もう買収交渉はうちの親父に任せることにしたから、あたしはノータッチなのさっ。ハルにゃんがやりたいようにやるのがいいさ」 「なんというか、鶴屋さんの親父さんにまでご迷惑をおかけして申し訳ないです」 「わははっ、固い話は抜き抜き。あたしはただの花屋さっ」 世間話に来たんじゃないんだった。 「花束をひとつお願いしたいんですが」 「ほほーう。して、どういうシチュエーションなんだい?」 「実は長門を怒らせてしまいまして」 「あははは。怒った長門っちには萌えそうだね。まあ、男と女にゃそういうこともあるっさね」 「ピンクのバラを入れてもらえますか」 「ようがすっ。ちょい待ち」 予算は一万円くらいにしてもらった。今月はあれこれ出費がかさむ。 「メッセージカードは入れるかい?」 「ええと、ください」 マジックで、ごめんよ長門と書いて刺してもらった。俺にはラテン語なんて書けない。 「まいどありっ。がんばれキョンくん、キミならやれる!」 右肩をガシっと叩かれ、二十四時間元気営業中の鶴屋さんパワーをもらって少しだけ気分が軽くなった。自転車の前カゴにバラの花束をのっけて鼻歌なんか歌ってしまうくらいに意気揚々と長門のマンションへと向かった。 玄関で長門の部屋の番号を押したが、出てこなかった。もしかして眠ってるか、あるいはまだ怒ってて出てこないか。俺は四桁の番号を押して自動ドアを開けて入った。部屋のドアの前でインターホンを押してみるが出てこない。いないのか? 電話をかけてみるが部屋の電話にも携帯にも出なかった。あいつがこの時間にひとりで出かけてるとは思えないんだが、図書館はもう閉まってるし。気になってあちこちかけてみたが誰も行方を知らないようだった。 俺は喜緑さんにかけてみた。 『喜緑です』 「もしもし、キョンです。ご無沙汰してます」 『あら、こんばんわキョンくん』 「長門が昼過ぎくらいからいなくなってしまいまして、もしかして行き先にお心当たりがあるんじゃないかと」 『ちょっと待っててくださいね』 喜緑さんは送話口を手でふさいで、なにか話しているようだった。 『キョンくん、あのね。長門さんここにいるんですけど、今は会いたくないらしいんです』 な、なんですと。長門に避けられてるなんて俺も終わりだ。 「ちょっとだけ話したいんですが、電話に出してもらえませんか」 『えっと……ごめんなさい、いやだって言ってますわ』 これは困った。何号室かは知らないが喜緑さんってたぶんこのマンションだよな。新聞の勧誘のフリをして一軒ずつノックして確かめてみるか。 「ドアの前に花束を置いておくので水に挿してくれ、と伝えてもらえます?」 なんだか古泉のときと同じ展開だな。バケツの水を被せられないだけマシか。 『分かりました』それからヒソヒソ声で、『あのねキョンくん、落ち着くまで少し時間を置いたほうがいいと思いますわ』 それもそうだな。とりあえず居場所は分かったんで、俺はよろしくと頼んで電話を切った。喜緑さんならなんとか取り成してくれるかもしれない、なんて甘いことを考えつつ。 マンションを出て、俺は建物を見上げた。すべての部屋の明かりが灯っている中で、長門の部屋の窓だけが暗かった。 このまま長門が別れるなんて言い出したらどうしよう。中河と仲睦まじく会社経営にいそしむようになったら、なんかの拍子に中河と付き合うようになったりしたら。中河も悪いやつじゃない、カリスマ的で誰もが安心して頼れるタイプだ。俺でも男惚れする。俺は蚊帳の外、取締役が決まっているハルヒとも会えず、古泉とひっそり昼飯を食うだけの毎日。たぶんだが俺はやる気をなくして会社をやめちまうだろうな。 ついこないだ高校一年の俺を見てあまりのだらしなさに腹が立って殴ったが、根本的に中身が変わってない気がする。こんな俺に誰か喝を入れてくれないものか。そんな他力本願なことを考えてるからダメなんだということは重々承知しているんだが。 そのまま家に帰る気にはなれなくて、俺はなんとなく公園に足が向いた。街灯の下に黄色いベンチがぼんやりと浮かんでいる。俺は自転車を止め、ため息をつきながら腰を下ろした。 「はあ……」 別に目的があって来たわけじゃなくて、考え事をするときなぜかここに来るのだが、思えばこのベンチにもいろんな思い出があるよな。ここに来ればパブロフ的に安心するというか、時間と空間がからむようなトラブルには必ずといっていいほどここにやって来たものだ。今でも街灯の下でぽつりと座っている長門がいるような気がするし、振り返れば茂みの中に朝比奈さんがいるような気さえする。いつでも俺を待ってくれていた。 公園の入り口のほうから人影が歩いてきた。 「キョンくん、こんばんわ」 「あれ、喜緑さんですか。さっきはどうも」 「お元気そうね」 「元気といいますか、まあ、精神的にはかなり参ってますが。長門のことでいろいろお世話かけてすいません」 「いいんですよ。男性と女性にはいろいろありますから」 この人には色恋沙汰というものがありそうでなさそうで、日ごろがおっとりしているだけに恋愛したらハリケーン並みの嵐になるんだろうななんて失敬なことを考えている俺だが、にっこりと微笑む喜緑さんを見ていると少しだけ気持ちが癒された。 「では、行きましょう」 「行きましょうって、いったいどこへです?」 「キョンくんに会いたがっている人がいるんです」 こんな唐突にいったい誰だろう。俺が不思議がっていると「キョンくんの古い知り合いです」と言った。昔テレビでやってた初恋の女の子とご対面みたいな感じがしなくもないですが、今の俺はそんなやつに会っても愛想笑いのひとつもできんと思いますよ。 喜緑さんは俺の隣に座って手を握り、 「ちょっと揺れますから、目を閉じていてくださいね」 手が触れたときちょっとドキリとしたが俺は言われるままに目を閉じ、深呼吸をした。たぶん時間移動かなんかだろう。と思った途端やっぱり重力が上下反転する感覚に襲われ、閉じているはずの目蓋の裏で明滅する幻影がぐるぐると浮かんでは消えた。 「もういいですよ」 二人はベンチに座ったままだった。 「どこですかここ」 「駅前公園のベンチです」 時間移動したんじゃなかったのかと周りを見回したが、夜空も公園の木々も同じままで俺の知る風景となんら変わりはなかった。もしかして茂みの中に朝比奈さんが潜んでいるのかと目を凝らして待ったが、ウサギの気配すらない。 「その相手ってのはどこにいるんです?」 「線路沿いの道を下っていくといます」 「そっちって長門のマンションじゃないですか」 「わたしはここで待っていますね」 「喜緑さんも一緒じゃないんですか?」 「ええ、キョンくんだけで会ってきてください」 見も知らない人にひとりで会いに行くのかと、俺が不安げな表情を見せると喜緑さんはにっこり笑って大丈夫と言った。 喜緑さんは俺の耳元でそっと囁いた。 「ちょっと驚くようなことがあるかもしれません」 言われるままに俺は公園から出て道なりに進んだ。また妙なことになりそうな予感がして、心細げに後ろを振り返りつつ道を歩いた。もうすぐ通いなれた長門の住むマンションだが。俺の古い知り合いで最近は会ってなくて、俺に一人で会えってことは朝倉なんかじゃなさそうだし谷口やら国木田なんかに呼び出される筋合いはまったくないし、いったい誰だろう。俺は同級生の顔をいくつか思い浮かべた。まさか中河が俺に用があるとかでこんな呼び出し方をしたのか、なわけはないよな。この先にはハルヒが地上絵を描いた中学校もあるが、もしかしたらそこかもしれない。 右手に、さっき出てきたばかりの長門のマンションが見えてきた。敷地の入り口に人影が立っていて、じっとこっちを見ていた。近づくとよく見知っている女の子がゾウリ履きにワンピースという姿で門柱に隠れるようにしていた。 「……キョン?」 やっぱり長門だったが、俺を二人称代名詞でなくてあだ名で呼んでくれるなんて珍しいじゃないか。昨日から今日の間にずいぶん変わっちまったな。 「そ、そうだが」 「もっと、顔をよく見せて」 長門は目を細めて俺を凝視し、メガネを外してハンカチでレンズを磨いた。よく見ると伊達メガネじゃなくてレンズに度が入っている。 俺の知ってる長門じゃなかった。あだ名であろうと偽名だろうと、俺のことを名前で呼んだりはしない。この長門は頬を染めて俺に駆け寄るなり両手を握り締め、嬉しくて同時に悲しいという俺でも滅多にしないような複雑な表情をしていた。もしかして俺の歴史改変のせいで長門がこんなに表情豊かに変わっちまったのかとまで疑いもした。潤んでくる目をメガネを外して何度も拭い、ここに俺が存在するのが信じられないという様子で何度も目をパチパチと瞬きした。 「……ぜんぜん、変わってない」 「長門、だよな?」 「そう。わたしが分からないの?」 なぜか俺にはそれが分かった。人間の、長門だった。 長門はまるで俺に逃げられるのが不安とでもいうようにずっと手を離さず、お茶を入れるから上がって上がってと言いながら部屋のドアまで手を引いた。長門に引っ張られて部屋に入るなんて前代未聞だぞ。 脱いだ靴も揃えぬまま、ともかくテーブルの前にペタン座りをさせられ、長門がキッチンへ駆け込んでいって急須に茶葉を入れてお湯を注ぐ音をじっと聞いていた。 「ええと、聞きたいんだが、ここはどういう世界なんだ?」 「どういう世界、とは?」 「ここが過去なのか未来なのか、お前なら分かるんじゃないかと思ったんだが」 長門はまた妙なことを言うやつだという目で俺を見つめ、 「あなたは、前にも同じようなことを言った。わたしが宇宙人だとか」 抑揚がないところは似ているが、この長門は表情筋の動きが活発で、しゃべりも流暢でたまに身振りすら入れる。それにいつもは少し間を置いて無言からはじまる会話がない。 見たところマンションの様子も部屋の様子もあまり変わりはないし、俺の知っている長門の部屋と違和感はない。若干カーテンやら家具のデザインやら、インテリアの趣味が華やかな気もするが。にしても、こいつがヒューマノイドインターフェイスでなくて人間なのはなぜだろう。喜緑さんは俺になにをさせたかったんだろう。こいつはいったい誰なんだ、情報統合思念体はとうとう長門を人間の女の子にしちまったのか。 「それっていつのことだっけ」 「高校の頃、はじめて文芸部部室に来たとき」 文芸部部室にはじめて訪れたのは、ハルヒが部活をはじめるからというんで首根っこをひっつかまれた仔猫のようにして連れてこられたときのはずだが、俺が改変した歴史だと長門に勧められて入部したときだったか。どっちにしても長門とそんな会話したっけ。宇宙人の話はむしろ長門がしてくれたんじゃ……。 「涼宮さんはあなたが部室に連れてきた。他校の生徒だったので驚いた」 「ハルヒがよその学校の生徒?」 俺はしばらく考え込んだ。ふと、あるシーンが目に浮かんだ。はにかみながら白い紙片を差し出す長門。門の前で体操着に着替えるハルヒ。学ランを着た古泉。朝比奈さんのグーパンチ。つまりこいつは長門が自らと世界を作り変えちまったときの長門か!?俺はまたあの日に戻ってきたのか!? 「それにしちゃ、いろんな意味で俺の記憶と違う気がするんだが」独り言がポロリと漏れた。 「あなたの記憶?」 「あ、いやなんでもないんだ。最初に会ったときのことを詳しく聞かせてくれ」 「あなたと会ったのは、本当はもっと前。中央図書館がはじめてで戸惑っていたわたしに貸し出しカードを作ってくれた。あのときのあなたはとても親切で印象に残っていた」 「そのへんは覚えてなくてな。学校でもあれがお前だとは気がつかなかったんだ」 それは長門が作った俺との馴れ初めストーリーだな。あんときは過去を捏造されたんだとばかりにイライラしたが、あれは長門流のロマンスだったのかもしれない。 「そう。それから二度目は冬、あなたが突然部室に現れた。わたしが宇宙人だと言い張って戸惑った」 あんときの俺はそりゃもう必死だったからな。今思い出しても赤面するぜ。 「それからわたしが誘って、ここでおでんを食べた。朝倉さんが作ってきてくれた」 おかしい、この長門はなぜすべてを遠い過去形で語っているんだろう。凝視していると長門は顔を赤くしてうつむいた。それでもじっと見つめていると、俺の長門とは微妙に違うところに気がついた。 「長門、ちょっと立ってくれないか」 「なに?」 長門はテーブルに手を着いてスクと立ち上がった。薄手のワンピースの裾が揺れる。 「身長は今いくつだ」 「ずいぶん測っていないけど、一六〇くらい。どうして?」 あのときとは背丈が違うな。スラリとしていてどっちかというとスレンダーっていうか。 「今、何歳なんだ?」 「二十四。なぜ?」 その答えに衝撃が走った。あの日から八年も経っている。長門によって改変された世界は十二月十八日の未明に俺たちの手によって上書きされ、なにもなかったことになったんじゃなかったのか。古泉の説明を信じるなら、時間軸が交差して無限記号のような二つの十二月十八日があり、未来からの干渉で事態を修復したんじゃなかったのか。この長門はあれから八回のクリスマスを数え、北高を卒業して成人を迎えて今ここにいる。未来の本人によって修正プログラムの短針銃を打たれたにもかかわらず、こうして俺の前でメガネをかけたままでいる。じゃあ朝倉はまだ健在で相変わらずおでんを作ってきたりするのか、ハルヒや古泉はどうしているのか。この世界がどうなっているのか、俺になにをさせたいのか喜緑さんの意図が分からない。 長門は続けた。 「その次の日にあなたは三人を連れてきた。ひとりは北高の二年生、あとの二人は光陽園学院の生徒だった。そしてあなたはパソコンの電源を入れて忽然と消えた。わたしたち四人を残したまま」 俺は言葉を失った。あの後がどうなったかなんて考えもしなかった。世界は元通りになり、全員がなにごともなかったと同じように暮らしているとばかり思っていた。 突然消えたりして残された人がいったいどんな気持ちになるか、心配どころか悲嘆に明け暮れそれが身内なら飯も食えない日々だろう。自分がそんな仕打ちを周りにしていたなんて今になってショックを受けている。結果がどうなるか、Enterキーを押す前に長門のメッセージの意味をもっと深く考えるべきだった。それを受け入れるだけの覚悟が自分にはあるのかちゃんと考えるべきだった。 俺はあの日に文芸部部室に置き去りにした長門を見た。せめて旅に出るくらいの一言はあってもよかっただろうに。 「その後はどうなったんだ?」 「覚えてない?」 「すまん、記憶が曖昧でな」 「次の日の朝、あなたはカナダへ転校したと聞いた。それ以降まったく音沙汰もなかった」 「そうだったのか……」 「……そして八年経った今、突然現れた」 つまり、こっちの世界から消失したのは俺で、朝倉の代わりに俺自身が行っちまったのか。別れの挨拶もなしに消えた俺を知って谷口の唖然とした顔が目に浮かぶようだ。 静かな部屋の中で沈黙が二人を包んだ。俺は詫びることすらできなかった。この長門は白くなるまで唇をかみ締め、その後に訪れた俺のいない空白の時間を思い返しているようだった。いくら自分の世界に戻るためとはいえ、俺はこの長門を別れも告げずに置き去りにしたのだ。意図的ではなかったにしろ長門を八年も独りにしてしまった。信じてくれなくても事情くらいは知っておいてもらうべきだった。 俺は自分がしでかしたことよりも八年という長い時間が経っていることのほうがショックで呆然としていた。 「長門、すまなかった」 ようやくそれだけが口からこぼれ出た。 「なぜ消えたのかどうして今になって戻ってきたのか、なにがあったのか教えてほしい。それに、わたしが驚いているのに、あなたは再会を喜んですらいないのはなぜ」 この長門は少し怒っている風でもある。その様子を見てなんとなく安心した。なんというか、人間には不条理なことに遭うとそれに対して怒ったり嘆いたり感情を露にすることで少しは落ち着くという、はけ口みたいなものがある。俺の長門みたいに処理不可能なエラーが延々積もったりはしない。それで気が晴れるなら俺を恨んでくれてもいいさ。 「朝倉の知り合いで喜緑さんって人がいてな、その人が俺をここによこしたんだ」 「……」 長門は疑いの目を向けていた。これだけじゃ説明になっていないよな。いっそのことすべてを話すことができたなら、いや、話しても信じてくれるかどうか自信がない。 長門は俺の手の上に自分の手を載せた。その温かさに動かされるように、俺は口を開いた。ここまで心配かけたんだ、空白の時間を償えるならすべてを明かしてもかまわないだろう。 「長門、お前は異世界を信じるか」 「異世界?」 「うまく説明できるかどうか分からんが、これから話すことは人間のお前には信じられんことかもしれん ──」 俺はいつかの長門を思い出してひとり笑いした。長門流に言うなら、情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない、ってところだな。心配するな長門、ちゃんと伝わったから。 ── そう、まるで夢のような話だ。 俺は、俺自身の世界で最初にハルヒに会ったときからの過去をかいつまんで聞かせた。長門はじっと黙って聞いていた。ときどきうなずいたりはして、俺の長門が世界を改変してしまった日の話にかかると、空想世界の話を聞いているような表情は少しずつ消えていった。 話の途中でふと思い出してポケットから財布を出した。今も持ち歩いている、存在しないはずの西宮中央図書館のカード。 「これは長門が、つまり向こうのお前が作ってくれたんだ。あのときみたいにな」 長門は見慣れない図書カードを手にして不思議そうにいじっていた。それから一枚の写真。ホームレスのおっさんたちに握り締められて、もうよれよれになって色あせたハルヒと長門のツーショット写真だ。 「これがもう一人の、つまり俺が親しくしてる長門だ。こっちはハルヒで、世界をひっくり返すんじゃないかと超恐れられている存在だ」 「そう。涼宮さんとはときどき会う」 「こっちのハルヒは、あいつらはその後どうしてるんだ?」 「あなたが消えてからかなり怒っていた。いきなりやってきて宇宙人や未来人の話をした挙句、忽然と消えたりするのは卑怯だと」 「あいつらしいな。まさかSOS団の活動を続けたりしてないだろうな」 「続けていた。市内不思議パトロールであなたを捜索していた」 ま、またそんな不毛なことを。やみくもにジョンスミスを探してるなんて俺たちのハルヒと同じじゃないか。まあ唯一の救いはといえば、こっちのハルヒのイライラで閉鎖空間が発生したり世界が滅亡の危機にさらされたりしないことか。 「向こうのハルヒは猫にモノしゃべらせたり目からレーザーを出したりする映画作ったもんだが」 「映画はわたしたちも作った。特殊効果はなかったが、社会問題を扱ったドラマを作った」 「ハルヒが社会派の映画か、俺も見たかったな。四人とも学校が違うのに撮影大変だったろ」 「サークルで作った。四人は同じ大学に入って活動をした」 なるほどね。三年遅れだが結局はみんな同じところに集まったんだな。 思えば、うらやましい環境かもしれない。ハルヒは世界を作り変えたりせず、長門はエラーを起こさず、朝比奈さんは上司にパシリを命じられたりせず、古泉は神人と戦ったりせず、シャミセンは日本語をしゃべったりしない。この世界には宇宙人的魔法も時間移動も、世界を救うための超能力も、そしてなにより世界を覆す力もない。当然、俺というハルヒのストッパー役がいないのでそれはそれでバランスは取れているのかもしれないが。 でもまあ、もしあの日と同じ十二月十八日がもう一度あったとしても、俺は元の世界を選ぶだろう。ハルヒのセリフじゃないが、だってそのほうが面白いからな。 「あのとき俺がEnterキーを押したのは、向こうの世界が好きだったからなんだ」 「そう。二つのうちどちらかを選べと言われたら、たぶんわたしも自分の世界を選ぶ」 和らいだ表情で人間の長門はうなずいた。 「あれからどうなったんだ?長門は今はなにをしてるんだ?」 「大学を出た後、図書館で司書をしている」 俺は中央図書館のカウンターで静かに座っている長門を想像した。俺の長門は実験着を着て論文を書いたり、パソコンのキーボードを光の速さで叩いたりしているが、図書館の司書は本が好きなこいつにいちばん似合う職業かもしれない。 「あいつらはなにをしてんだ?」 「涼宮さんは大学院に進んだ。量子物理専攻だったと思う。朝比奈さんは教職課程を取って小学校の先生。古泉くんは、確か警察庁幹部候補」 古泉がおまわりかよ!趣味の推理好きが高じて仕事になりましたって感じがしないか。 「涼宮さんと古泉くんは去年結婚した」 ま、まじっすか。やっぱりその展開になったのか。尻に敷かれてんだろうなぁ、古泉。北高に入学して来なかったところを見るとこっちのハルヒにとっちゃジョンスミスはあんまり重要な位置づけじゃなかったようだし、それはそれでいいとするか。 「長門は好きな人はいないのか?」 「いる。婚約している」 なにげなく聞いた質問だったのだが、その答えに落雷が落ちたような衝撃が走ってすべての髪の毛と体毛が逆立った。そ、そうだよな、二十四歳だもんな。この美貌じゃ男どもが放っておくはずがないよな。 長門はキャビネットの中から写真立てを持ってきた。野郎と並んで長門が写っている。極上なスマイルを浮かべながら長門の肩に手をやった野郎の姿が非常に嫉妬を掻き立てる。えらく体格がいいな。なんか、知ってるやつのような気がするんだが。 「こ、これ、中河じゃないか!!」 「そう。なぜ知ってるの」 「中学校のときのクラスメイトでな」 っていうか、俺のいたの世界じゃ中河が長門に遭遇するのは高校一年の冬休みで、長門が世界を改変する出来事の後のことなんだが、時系列がおかしくないか。 「彼とは大学で一緒だった」 なるほど、世間は狭いっていうがまさにそれだな。そういや中河が長門を見初めたのは高校一年の五月ごろのことで、あれがそのまま引き継がれてこっちの世界にも繋がってるんだとしたらありうる話かもしれん。 っていうか、あんな小型のブルトーザーみたいなゴツイ男のどこがよかったん、……。 「……」 「なに?」 「いや、なんでもない」 こいつにはこいつの人生があって、幸せになる権利がある。いや、幸せにならないといけない。二人を祝福してしかるべきことのはずが、なぜだか悲しい。 「それがお前の望んだ幸せならいいんだが」 「そう。わたしは今、幸せ」 「そうか、ならよかった」 何度も言うが、こいつにはこいつの人生がある。ハルヒのときだって、朝比奈さんにだって、俺は勝手に嫉妬したり干渉したりしていた。長門のときだって、中河が今にも燃え出しそうな情熱的なラブレターを俺に託したときも正直いい気はしなかった。できることならほかの男をそばに寄せたくはなかった。 ── あなたは、彼女には彼女の人生があるということを知るべき。 長門の声が耳にこだまする。それを聞いたのはいつだったろうか。 喜緑さんが俺をここへよこした理由が、なんとなく分かった気がする。ハルヒに釘を刺されたセリフじゃないが、人生なんてたったひとつのタイミングで簡単に変わってしまう。干渉したり嫉妬できるうちはまだいいが、一度流れが別のほうへ変わってしまえば、ダダをこねようが地団太を踏もうがどうすることもできない。人生もそれぞれ、行く道もそれぞれ、重なり合った二人の時間線がふとしたことで永久に離れてしまうこともあるんだ。 「よかったらこの写真もらえないか」 「え……これでいいの?」 「ああ。幸せそうなお前が写っているこの写真が欲しい」 「そう。それでよければあげる」 喜緑さんのことを思い出してふと時計を見ると九時回っていた。だいぶ話し込んでしまった。 「すまんがそろそろ帰るわ。人を待たせてるんだった」 「そう、」 長門がそう言い終えないうちに電話がかかってきた。長門はうんとかええとか返事をしていたが、やがて、 「彼が今から寄ると言ってる」 「中河か、これからか」 「そう。あなたにも会ってほしい」 どうしよう。俺はその、なんというかいくらガタイのいい中河でもあいつが怖いなんてことはないが、向こうのあいつは俺にひどい仕打ちをしてくれてるわけで、面と向かって堂々と話をするなんてことはできそうにないぞ。 「すまん、やっぱ落ち着いて話をするのは無理だ。いくら異世界でもお前はやっぱり俺の長門だし、その婚約者なんかと堂々と話ができるほど度胸の座った男じゃないし」 「そう」 「小心者だからな」 そういうと長門は目を細めてクスクスと笑ってみせた。ああ、この長門はちゃんと笑うんだな。 立ち上がって腰を伸ばそうとすると、足元でみゃあという鳴き声がした。鼻のまわりと前足だけが黒い、真っ白な猫がズボンの裾にまとわりついていた。俺にシャミセンのにおいがついているのかもしれない。 「猫飼ってるのか」 「そう。あなたに言われてから飼っている」 ここはペット禁止だったはずなのだがまあバレなければいいか。俺はその猫を抱き上げた。妙に見覚えのあるその表情と模様に、もしかしたらこいつは時空に対して曖昧な長門んちの猫なんじゃないかと、その名前を呼んでみた。 「おい、ミミ」 猫の姿は消えるはずもなく、みゃあと一声だけ鳴いた。 「なぜこの子の名前を知ってるの」 「いや、なんだかそんな気がしたんだ。俺のいた世界でお前がちょうど逆の模様をした猫を飼ってる」 「そう……」 これはたぶん偶然なんかじゃなくて、なにかの因果ってやつだろう。ミミ、長門のことをよろしく頼むぜ。 靴を履いて玄関を出るとビーチサンダルをペタペタと鳴らして長門がついてきた。エレベータの前に立ち止まり下向きボタンを押して待った。エレベータのドアが開いて中に入り、ここでいいよと手を振ったのだが、長門はそのままドアの内側に入り込み俺から離れようとしなかった。ドアが閉まり、そこが密室になると長門はじっと俺の目を見つめた。 「あなたが……好きだった。今でも」 湧き上がる気持ちを抑えきれないように俺の背中に腕を回し、肩に顔を埋めた。俺は心拍数が少しずつ上昇するのを感じた。なにやら名状しがたいモヤモヤが胃の辺りで生まれて止まない。こいつを連れて遠くに逃げたいという衝動となぜだか泣き出したくなるような衝動が、水面に垂らした絵の具のようにぐるぐると渦巻いて心の中に溶け込んでいく。俺も長門の小さな背中に腕を回してギュッと抱きしめた。このまま永久にエレベータが止まらず下降し続ければいい、そう願った。そして俺の長門がこれを見たらどう思うだろうかという説明しがたい後ろめたさに充たされた。 「ああ、知ってた。許してくれ……」 長門は俺の胸に顔を埋め、じっと鼓動を聞いていた。 「ごめんなさい。ずっと言えなかった。やっと言えた」 あんまり俺を責めないでくれ。もう少しで泣きそうだから。 「もし誘ったらだが、俺といっしょに来るか?」 言ってはならないことを言ってしまった気がする。婚約までした長門が相手を裏切るなんてことはありえないのは分かっていた。いくら感傷的になっているとはいえ俺は裏切りをそそのかすようなことを言う自分を恥じた。だが長門は一瞬の躊躇も考えることもなく、 「あの人はずっとわたしを待っていてくれた。だから、彼に報いたい」 「そうか。安心した」 中河は一途なやつだ。十年経ったら迎えに来るとまで誓った男だ。最近じゃ誘うほうも誘われるほうも恋愛が極端に簡単になっちまって、一人の女のために人生を投げうてるやつはそうそういない。俺なんかよりよっぽど根性ある男だと思う。この長門だって、ここで一時の感情に流されるより、心に決めたやつと一緒になるほうが幸せになれるさ。 「変なこと聞いてすまんな、今のは忘れてくれ」 「いい。ときどき遊びに来て。年に一度でもいい」 それができるのかどうかは、俺には分からない。この世界と向こうの世界がどうやって繋がっているのかも俺には分からないのだ。 「約束はできんが、もし来れたら向こうの長門を連れてくるよ」 この長門はにっこりと笑ってうなずいた。 エレベータのドアが開いた。さっきまで密室を満たしていた重たい空気は少しずつ薄まってゆき、昼間の名残の匂いのする微風にまじって流れた。 玄関の自動ドアを出てマンションの門柱のところで長門はぴたりと止まった。俺は数歩歩いて手を振り、また少し歩いては手を振った。もうひとりの長門、会えてよかった。さよならだ。 振り返ると、マンションの明かりを背に受けた長門の小さな影がぽつりと見えた。それに歩み寄る別の影がひとつ、そして二つの影が寄り添い互いに抱き合ってひとつになった。長門がこっちを指差してなにかを話していた。 ここで中河と話をする勇気はさらさらない俺だが、一声だけ叫んだ。 「こら中河!長門を不幸にしたらタダじゃおかんぞ!」 俺はそのまま走った。走って逃げた。ニヤニヤ笑いを浮かべながら。 「おかえりなさい」 駅前公園に入ると喜緑さんが笑っていた。さっきのが聞こえていたようだ。 「喜緑さん、長らくお待たせしました」 「いかがでしたか」 「ええ。あいつも元気そうで安心しました」 「それはよかったですわ」 「あの長門、ヒューマノイドインターフェイスじゃないですよね」 「ええ」 「あれは人間の長門でしょう」 「あの子は長門さんがそうなりたくて生まれた長門さんです。八年前の十二月十八日に」 「ここがどういう世界のなのかなんとなくは分かったんですが、古泉の話だとあの日は確か未来からの干渉で上書きしたんじゃないですか?ええと、ベルヌーイ曲線でしたっけ」 「いいえ、上書きはされていないんです。ただわたしたちの時間軸から切り離されただけ」 「俺たちの時間とは別に存在してたんですか」 「そうです。十二月十八日の未明を境に、情報統合思念体によって切り離されたものなんです。この時間軸はわたしたちのいる世界とは二重化された世界。一枚の紙の裏側みたいなものですね」 なんだか難しい話になってきたが、つまり並行世界みたいなものか。長門も似たようなことを言ってたような覚えがあるんだが、思い出せない。 「でも、長門のエラーから生まれたこの世界をなぜ残したんです?」 「……」 喜緑さんはそこで少し考え込む様子を見せた。 「たとえばですが、キョンくんが別の世界を作ったとして、それが失敗だったからといって消してしまうでしょうか」 「難しいですね……」 前にも同じジレンマを感じた覚えがあるが、あれはいつのどんな事情だったか。ハルヒならそれをやりかねんが、俺自身がそれをやるかどうかと言えばたぶん無理だろう。どんな世界でもそれが最初から存在するべきでなかったなんてことは俺には言えない。少なくとも、そこに長門がいる限りは。 「時間線と世界線はつねに同じ点で繋がっているんです。時間のほうだけを都合よく修正することはできないんです」 「でもまさか、俺のいない世界が八年も存在し続けていたなんてショックです。俺自身が突然消えてしまったわけですから」 「ええ。わたしたちも放置していたわけではなくて、キョンくんの周辺はできるかぎり調整を施しました。この時空は、今は情報統合思念体の管理下にあります」 「ということは俺の家族なんかも、俺がいなくてもいつも通り生活してるわけですか」 「はい。長門さんが二重化したために複雑な修正を施してしまいましたが、今のところちゃんと機能しているようです」 単に時間を元に戻すだけだと思っていた、俺たち人間の考えが浅かったってことだな。そういうことならまあ、こっちの長門とハルヒと、それから朝比奈さんをよろしく頼みます。古泉?あいつは俺のコンプレックスの塊みたいなやつなんでどうでもいいですが。 「こちらでのみなさんはごく平均的な人生を過ごしている、と観測されています。ただひとり、あなた以外は」 そこで喜緑さんは俺に伺うような目線になった。 「これで……よかったでしょうか?」 「よかった、とは?」 「わたしたちは人の幸福という概念について研究して来ましたが、まだ不明な点が多いんです。それに関与する資格はないのかもしれません」 「それは人間自身にも分からないことですよ、きっと」 「キョンくん不在の穴埋めが本当にできたのかどうか分からなくて……」 銀河を支配する集団にしちゃえらく控えめなこの質問は、穏健派の喜緑さんだから腰が低いのか、あるいは、すべての派閥を代表する率直な気持ちなのか。 思い起こせば、あの日に起こったのは長門のエラーなんかじゃなかったのかもしれない。長門は俺に二つの人生を用意してくれた。毎日が全力疾走で手段を選ばず願望を叶えるハルヒに特殊な力を持った三人がそのフォローに追われる世界と、かたや、ハルヒの引き起こすドタバタに魔法や時間移動や超能力を使わなくても生きていける世界。 ハルヒだって長門だって、特別な力がなくても幸せになれるんだ。願望を実現する能力があってもなくても毎日がドタバタなのには変わりない。こっちの長門に会ってみてそれが分かった。どっちの世界の住人もそれなりに幸せを享受していて、それなりに苦労していて、ああだこうだ言いつつもやっぱりこっちがよかったとそれぞれが思うに違いない。隣の芝は青い、青すぎてそこに住んでみたくなるなんてことはなくて、いくら雑草がはびこっていても庭は庭、自分ちの敷地が住みやすいもんだ。 「喜緑さん、ボスに伝えてください、ありがとう、と」 喜緑さんのやや不安げな表情は消え、にっこりと微笑んだ。 「では、帰りましょうか」 「またいつか、来れますよね」 喜緑さんはただ微笑むだけで肯定も否定もしなかった。 喜緑さんが右手を上げて詠唱し、二人の周囲にぼんやりとオレンジ色の球体が生まれた。俺たちを包む球は最初ゆっくりと浮上し、地面を離れてからぐんぐんと急上昇した。町の明かりが次第に小さくなってゆき暗い宇宙が目の前に迫ってきた。だんだんと気が遠くなる。今までのことがすべて意識の彼方に飛んでいく。 気がつくと俺はベンチで眠っていた。公園だった。見上げると星が出ていた。 「喜緑さん?」 見回してみるが気配はない。先に帰っちまったのかそれとも最初からいなかったのか、もしかしたらあれはすべて夢だったんじゃないか。確かに眠ってはいたが夢にしちゃリアルすぎるだろ。 俺はかくも長き長編映画を見た後のような余韻に包まれ、しばらく頭がぼーっとしていた。気温はかなり下がっているはずだがなぜか顔だけは火照っている。メガネをかけた長門を思う後ろ髪を惹かれるような気持ちと自分の現実に帰ってきた安堵とがないまぜになって、浮かんだ花びらのように俺の心の水面をくるくると踊っていた。 やがて俺の長門のことを思い出し、エレベータの中での心臓が締め付けられるようなあのモヤモヤは少しずつ消えていった。 俺はポケットを探って携帯を取り出した。ベンチの背もたれに体を預けたまま星空を見上げ、呼び出し音を数えた。向こうの中河がどうあれ、こっちの中河には話をつけておかなければならん。俺のモチベーションが下がらないうちにな。 『なんだ、キョンか。どうした』 「おい中河、お前に言っておくことがあるっ」 必要以上にハァハァと鼻息が荒い気がするんだが、まあ普段からこういうことに慣れていないからだな。 『尋常じゃないな、なにがあったんだ』 「愛してるんだ。誰にも渡さん」 『は?大丈夫か、酔ってんのかキョン』 「俺は八年をかけてやっと本当の愛に目覚めたんだ。横槍を入れるやつは断じて許さん」 『気持ちは嬉しいんだがキョン、すまんが俺にはそういう趣味は、』 気のせいか前にも同じシーンがあったような。 「俺の女に手を出すなつってんだよ。お前がいくら体育会系アメフト出身でも喧嘩の相手くらいなってやるぞ」 体力勝負からいってタックルは無理だがコイントスなら勝てる自信はあるぞ。 『な……』 中河はしばし沈黙したまま、どう答えていいのか分からないようだった。 『もしかして長門さんのことか』 「あったりまえだろうが」 『その……なんだ。キョン、すまん。俺が思い違いしてたようだ。お前はてっきり涼宮さんと付き合ってるのかと思ってたんだ』 ま、またそれか。ったくどいつもこいつも俺とハルヒをくっつけないと気がすまんのか。 「ハルヒは古泉と付き合ってるんだよ」 『知らなかった、あのハンサムなニヤけ男とか』 ニヤけ男は合っているが、お前に言われるとなぜか腹が立つな。 「いくら長門が好きでも先に誰かに打診するもんだろうが。たとえば俺にだな」 『そうだな。いや、八年前に道化師を演じた大失態があるから分かってくれてるだろうって思ってたんだが』 まあ、気持ちは分からんでもない。あの一件以来、中河といや俺たちの間ではピエロだったからな。 『どうだ、これから飲みにいかないか。お詫びに俺のおごりだ、長門さんも呼べばいい』 俺は腕時計を見たがすでに十時を回っていた。あ、ええっと、どうだろう。 「今ちょっと長門とトラブっててな、今日は無理だな」 『なにかあったのか』 「お前のせいで長門を怒らせちまったんだよ。俺と中河の好きなほうを選んでいいなんてことを言っちまったのさ」 『俺もかっこ悪いが、お前も相変わらずだな』 携帯のスピーカーから中河の笑い声が漏れてきた。つられて俺も他人事のように笑った。 『まあ、俺が言うのもなんだが、長門さんを大事にしろ。ああいう女性は滅多にいない』 当たり前だろ。長門みたいな女は世界中、いやこの宇宙のどこを探しても見つかるまい。この銀河を統括するやつらの中でもユニークな存在なんだぞ。 「ああ、それからな中河」 『なんだ』 「今回の買収の件なんだが、ほんとは長門が欲しかったんだろ」 中河は少し黙り、電話の向こうではたぶん顔を赤くしているんだと思うが、 『図星だ。長門さんと二人で仲むずまじく会社経営なんて甘い夢を見てた』 「なんとまあ、お前もよく夢を見る男だな」 中河は、それが俺の生きるためのエネルギーさ、と言って笑った。 「ここんとこ会社の株価が上がってるのはお前の仕込みなのか」 『ああ、あれか。俺自身は関与してないがグループ内の金融機関でやってる買収の資金繰りみたいなもんでな、一部は別会社を経由してSOS団に流れるはずだった。厳密に言えばまあインサイダーなんだが』 自社の株価を操作して資金調達する仕組みになってたのか、知らなかった。 「買収はきれいごとばかりじゃないってことか」 『ああ。だが長門さんの協力が得られないのなら今回の話はあきらめようと思う』 「まあそう急ぐな。無理に傘下にしなくてもビジネスパートナーとして付き合っていけばいいじゃないか」 『長門さんが許してくれればいいんだが』 「あいつは根に持つやつじゃないさ。ひとこと詫びを入れとけばいいだろ」 『そうか。お前にも悪いことしたよ』 中河は悪いやつじゃない。女のことになるとちょっと空回りするってだけだ。空回りしすぎてひとりクラッシックバレエを踊ってしまうことも多々ありだが、世の中に男と女がこれだけいりゃ、こういうこともあるさ。 『なあキョン』 「なんだ」 『あのときの長門さんの怒った顔』 「それがどうした」 『正直、惚れた……』 な、中河てめえ!この期に及んでホの字になってんじゃねえ。 四章へ
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長門有希のファンクラブ。 朝倉については本人の項を見てほしい 現在のメンバーは朝倉涼子、キーボードクラッシャー、クルーゼ、流石兄弟兄者、ディアボロモン。 メンバー共通の目的はただひとつ。長門と結婚することである。 カオスロワ中では朝倉以外出番がなく空気化。 二日目にディアボロモンによってディアボロモンと朝倉以外のメンバーが殺される。 しかもそのディアボロモンは暗黒長門とともにらき☆すたはウザイ同盟に入ったので 実質この団体は崩壊したも同然である。
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一 章 Illustration どこここ 我が社の社員旅行、じゃなくてSOS団夏の強化合宿から帰ってきてからやっと仕事のペースが戻った八月。ゲームと業務支援ソフトの開発とメンテで寝る間もない開発部の連中に気を使ってのことか、俺たち取締役も夏休み返上で出社していた。お盆はどこも営業してないんだからせめて三日くらいは休みをくれと上訴してみたのだが、「社員旅行楽しかったわよねぇ」ニヤリ笑いをしながらのたまう社長にむなしく却下された。俺は合宿でCEOの権利を得たはずなのだが、ハルヒの言う次期ってのが四半期のことを言っているのか営業年度を言っているのか分からず、結局はまだまだ先の話だ。 そういやこの会社に入ってまともな休みはなかった気がするが、それはハルヒが土日にやる突発的イベントのためで、そのほとんどは市内不思議探索パトロールなのだが、疲れ果てた体に鞭打ってまで駅前広場に集合させられるのは確実に俺の寿命を縮めてる気がする。なんでそんなに必死になって不思議を探しているのか、俺たちもう若くはないんだしスタッフの福祉も考えてくれよ。いや、まだ二十四歳の盛りだが。 俺は定時になると長門と退社し、途中でスーパーに寄って買い物などをしつつ長門の部屋でメシを食って帰るという習慣めいたものが定着していた。長門のレパートリーはかなり増えたが、たまに俺の手料理もお粗末ながら披露したりもしている。 食器を片付けて長門は本を開き、俺は静かにお茶をすすっているともう十一時を過ぎていて、いつものように時計を見ながら腰を上げた。 「そろそろ帰るわ。ごちそうさん、うまかった」 「……そう」 暖かく電球が灯る玄関で靴を履いていると長門が俺の携帯を持ってきてくれていた。分かってはいても、いつも忘れる。 俺は少しだけ長門の肩を抱いて髪の匂いをかいだ。サラサラした感触が鼻の先をかすめた。 「……泊まって。……」 長門がぼそりと言った。もっとなにか言いたげな、でも躊躇しているような、そんな表情だった。今日は泊まってと言った。いつもは泊まる?とか、ここで休む?なのだが、今日だけはなぜか違う。今日はなにか特別なことがあったろうか。 「いや、今日は帰るよ。また今度な」 「……」 そのときの長門の表情は、はるか昔のなにかを思い出させた。朝比奈さんと七夕の日にここへ押しかけてきたその帰り、高校一年の五月にここへ呼ばれてハルヒと情報統合思念体のことを教えられたその帰り、それから文芸部の入部届を白紙で突き返したとき。 実に、寂しそうだった。 「な、なあ。よかったらそこまで送ってくれないか」 「……分かった」 俺は確かに長門の部屋に泊まったことがない。夜中の十二時をまわっても、長門の部屋で二人きりで一夜を明かしたことはない。付き合ってそろそろ六年になるが、それくらい共有した時間のあるカップルなら互いの家に泊まったりはふつうよくあることだろう。エレベータの中でそれがなぜか考えたのだが言葉にならない。前にも似たようなシチュエーションはあった気がするのだが、いつだったか思い出せないでいる。 公園が見えてきたので俺は街灯の下の、いつものベンチに向かった。 「ちょっと、座らないか」 「……」 「あのさ長門。泊まりたいのはやまやまなんだが、」 本当は泊まりたいと言いたいのではなく泊まれない言い訳をしようとしていたのだが、長門はそれを遮った。 「……あなたがわたしの部屋に泊まらない理由は、知っている」 「そうなのか。そういう話をしたことあったかな」 「……あなたは覚えていない」 ああ、俺の記憶にはない俺たちの歴史があるんだな。 「そのとき俺はなんて言ってたんだ?」 「……母親にもらった装飾品の話をしていた」 「装飾品?ネックレスとか?」 「……例え話」 よく分からんが、以前にも同じ話題があったらしい。 「なあ、最近エラーはよくあるのか」 「……ここ数年安定している。でも許容範囲を超えてピークに達することもある」 「ピークってどんなときにだ?」 「……あなたの背中を見ているとき」 帰ろうとする俺を玄関で見送るとき、光陽園駅で別れるときのことだ。俺が帰った後の長門はどんなことを考えてなにをしているんだろう。独りぽつねんと食器を洗い、部屋をかたづけているのだろうか。青白い蛍光灯の下で茶をすすり、ごそごそと冷たい寝室に入る。眠るときはいつも猫を呼んで抱いて寝ているのを俺は知っている。 こいつは寂しいという言葉を使ったことがない。そのエラーはたぶん、そういう感情から生まれているんだと思う。俺は長門の肩を抱き寄せて手を握った。 「なあ、せっかく携帯があるんだからもっと会話に使おうぜ。同じ電話会社だからタダなんだし」 「……」 「別に用事がなくてもいい、声を聞きたいだけでもいいんだ」 「……分かった」 長門はポケットから携帯を取り出した。こいつとのメールのやりとりも待ち合わせやら仕事上の連絡事項がほとんどだ。もっとバカ話をしてもいいし、意味不明な宇宙論を話してくれてもいい。喧嘩はしたくないが、そういうのもあって悪いもんじゃない。離れていても会話を重ねていけば近くにいるような気になれるというか、物理的な距離をそうやって精神的な距離で縮めていく、というか。 「……もしもし、長門有希」 「もしもし。俺だ」 「……」 目の前にいる相手になにを話せばいいの、と、首をかしげて俺を見ている。 「じゃあ、俺そろそろ行くわ。また明日お前の顔を見たい」 「……分かった。おやすみ」 「待て待て、まだ切るな。こうやって話しながら少しずつ離れていけば、」 俺は街灯の光で柔らかく影を作っている長門の顔を見ながらあとずさった。 「まだそこにいるような気分になるだろ」 「……」 長門には分からないか、この名残という感覚。 『……体温が残っているのは分かる』 「ま、まあそれに近いもんだ」 俺は夜道を歩きながら、どうでもいいような話を続けた。バカップルがよく「今コンビニの前歩いてる~」とか「階段あがる~」などとやっているのを見かけるが、まさか自分が同じまねをするとは思いもしなかった。 「俺が帰った後はなにしてんだ?」 『……食器を片付けている』 「ほかには?」 『……ミミのエサを補充』 「それから?」 『……布団を敷いて寝る』 やっぱりそれだけか。 「じゃあ寝る前に電話をくれ。少し話をしてから二人で眠ろう」 『……分かった』 俺が飽きたり忘れたりしなければ続けられるはず。 『……着信が入った』 「電話か、じゃあ終わったらかけなおしてくれるか」 こんな夜中に電話なんて誰だろう。大学院の知り合いか、いやいやハルヒ以外には考えられない。 五分くらいして長門からかかってきた。 「おう、済んだか」 『……終わった』 「当ててやろうか、今のハルヒだろ」 『……そう』 「こんな夜中に何だって?」 『……とりとめもない、女同士の与太話』 長門が女同士の与太話って言ったか今。 「それ、ハルヒにそう言えって言われたのか」 『……そう』 「で、なんの話だったんだ?」 『……それは、内緒』 なんだか陰謀くさいものを感じるのは気のせいか。 「じゃあ、ハルヒには内緒でその内緒話を教えてくれ」 『……それは、契約に違反する』 哀しいことに最近の長門は簡単には騙されてくれない。 「すごく気になるんだよなあ。眠れなくなる」 『……あなたのこと』 「俺の噂してたのか」まあ女同士ってのはそういうもんだろう。 『……あなたをわたしの部屋に引き止められたかどうか』 な、なに。今日のあのなんともいえない寂しそうな表情はもしかしてハルヒの仕込みだったのか。 『……涼宮ハルヒとはたまにそういう話をする。あなたには言えないような、話』 「で、なんて答えたんだ」 『……玉砕した、と』 こりゃハルヒに一度、俺と長門の恋愛について釘をさしておく必要があるな。俺たちはふつうの男と女がやるような付き合い方はしないんだと言って聞かせないといかん。また長門にヘンなことを吹き込まれてはかなわんからな。 しかし俺のことがハルヒに筒抜けだったとは、弱みを握られてるも同然じゃないか。まあ長門もほかに相談する相手もいないだろうし、しょうがないといえばしょうがないことなんだが。 「いいか、あんまりハルヒの言うことを真に受けるなよ。あいつは俺たちをラブロマンス映画のキャストかなんかだと思ってんだからな」 『……それはそれで、楽しい』 いかん、完全に毒されてるな。 「それで、ほかにはなんて?」 『……涼宮ハルヒと古泉一樹の状況について』 キター!!ハルヒと古泉の生々しいスキャンダル。あいつらあれからどうなってるのか俺も知りたかったのだが、古泉が貝のように口を閉ざしてひと言も言わないんで気になっていたところだ。 「それは面白そうだ。俺にもぜひ聞かせてくれ」 『……だめ』 「教えてくれよ。きっと赤裸々な話が展開されているに違いない。あいつらいきなりやっ、ゲフンゲブンしちまうくらいだからな」 『……泊まったら、話す』 むぅ、巧妙な根回しに出やがったな。俺がうーむと唸っていると、 『……今のは、冗談』 長門、お前の冗談はいつもきわどいんだから、せめて予告くらいしてくれよ。 それからなんとかハルヒと古泉の私生活を聞き出そうとしたのだが、頑として教えてくれなかった。ということは俺たちのこともそれなりに秘密は守られているってことだよな。秘密ってのがあるのかどうか分からんが。 「家に着いた」 『……おつかれ』 「シャミが足にまとわりついてる。運動不足で丸々太った」 『……そう。耳の後ろをなでて』 俺は歳をとってそろそろ毛並みのツヤがなくなってきたシャミセンの、耳の後ろをかいてやった。 「おいシャミ、この電話の向こうにいるのは長門だ、分かるか」 猫相手になにやってんだろうね俺、と恥じ入っているとスピーカーから猫の鳴き声がしてきた。それって江戸屋猫八バリの声帯模写ですか。しかもサカってる猫の声だし。 「風呂に入るから、一旦切るわ」 『……分かった』 にしてもハルヒのやつ、味なまねをする。俺がこういう恋愛に慣れていなくて、たぶん長門も戸惑うことが多くて、誰に相談するともいかないようなボタンの掛け違いを、見かねたハルヒが間に入って俺たちを和ませているのだ。 俺と長門の付き合い方についてあいつが正面から意見することはない。俺が反発するのが分かっているからな。長門を焚きつけて妙な行動をとらせることはたまにあるが、あれがハルヒ流の恋愛なのだ。ジョンスミスをみすみす逃してしまい(シャレじゃないぞ)、十年も探した挙句がすぐそばにいたという灯台下暗し的運命の出会いが、ハルヒをそうさせているのかもしれない。あいつの奇矯ぶりは恋愛観にまで達してしまっている。中学生の頃は男をとっかえひっかえだったらしいしな。まあその要因を作ったのは俺なのだが。 俺が中学生のハルヒの恋愛観を作り、ひたすらジョンスミスだけを待ちつづける人生を過ごさせてしまったのだが、当の本人である俺が長門と付き合うきっかけを作ったのは、何の因果であろうハルヒ自身なのだ。 ぬるい湯船に浸かってまったりとそんなことを考えていると深夜零時を過ぎていた。俺は慌てて長門に電話をかけた。 『……ジュル。もしもし、こちら情報統合思念体主流派』 長門、寝ぼけてるんだよな。 みんなが寝静まった頃、足音を忍ばせてキッチンに入ると冷蔵庫に俺宛の手紙が貼り付けてあった。往復ハガキだった。高校のときのクラス会をやるので出席と欠席のどっちかに丸をつけて返信を出せということだった。 「同窓会って、今頃やんのか?」 まあ世間的には夏休みで、みんな働いていて忙しい身の上なら時間を作って会うには今時分が適当か。中央やらよその地方やらに出ていったやつも帰ってくることだし。 差出人を見ると阪中になっていた。あいつももういい歳だよなあ。って俺もだろ、などと独り突っ込み的感慨にふけっているとおかしなことに気がついた。阪中が俺にハガキをよこすはずがない。俺が改変した歴史だと五組にいたのは古泉で、俺は隣の六組にいたはずなのだ。もしかして学年合同でやるのかと裏書を読み返してみたが、ちゃんとクラス会と書いてあり頭の周りでクエスチョンマークが渦巻いた。 不思議に思って古泉の携帯にかけた。 「古泉、遅くにスマン。今いいか」 『少々お待ちを』 数秒して『どうぞ』と返ってきたのだが、後ろでハルヒの甘えた声らしきものが聞こえていたのは気のせいってことにしとこう。 「阪中から俺宛に同窓会の案内状が来てたんだが、」 『ええ、高校のときのクラス会ですね。僕のところにも来てますよ』 「改変した歴史の俺って一年六組の生徒だったよな。なんで俺に来てるんだろう」 『はて、なぜでしょう。あの後、朝比奈さんの組織がフォローにまわったと言ってましたよね』 ちょっと困ったことになった。つまり俺の改変した歴史と、改変前の俺自身の記憶と、それから朝比奈さん達がフォローした歴史が存在することになる。いったいどれが正しい歴史なのか、ちょっとどころか俺とクラスメイトの記憶が一致しなくて会話が成立しない事態になりかねん。 『僕も自分の歴史がどうなっているか気になるので、機関のデータベースを調べてから折り返しお電話します』 「すまんが頼む」 つまり当事者の俺も三パターンの歴史を覚えてないといけないってことだな。ややこしくて頭痛に襲われそうだ。あのとき朝比奈さんが怒髪天を突く勢いで怒った理由が今さらながらに身に染みて分かった。 五分後、携帯が鳴った。 『どうも古泉です。お待たせしました』 「どうだった」 『あなたの周辺はかなりカオスな状態になっていますね』 「カオスって具体的にどうなってるんだ」 『改変前は涼宮さんの周辺で起こった出来事のうち、大部分はあなた自身がトリガになっていまして、それを修復するために朝比奈さんたちが無理やりあなたを動かしているようです』 「お前が肩代わりできなかったのか」 『もちろん僕自身も駆り出されているようです。ですが、フォローするにもやはり限界があったのでしょう。たとえば涼宮さんと口論するイベントなどは、僕というキャラクタには無理ですからね』 ハルヒを怒らせる役回りは俺にしかできないってことか、なんだかこの問題はこの先もずっとついてまわりそうな悪い予感がするぞ。 『日誌には修復の痕跡が見え隠れしていまして、かなり苦労したようです。ある部分はどうしようもなくてツギハギ状態のようなありさまで』 「つまり俺の周りだけ歴史が茹ですぎたスパゲティ状態なのか」 『簡単に言えばそういうことです』 電話の向こうで古泉のニヤニヤが見えるようだ。 「それは今後朝比奈さんと相談しつつなんとかしよう。話は戻るが、俺は長門と同じ六組のはずだよな」 『記録によると、四人とも二年になってから五組になっていますね。涼宮さんとあなたが別のクラスだと発生しないイベントがあったのでしょうか』 イベントイベントってギャルゲのフラグっぽいんだが、全員が同じ部屋に押し込められたのか。なんだかもう、未来人もデタラメだなあ。 「俺に関する当時の資料をもらえないか。自分の記憶と一致させねばならん」 『あいにくとすべて機密扱いなので簡単には持ち出せないのですが』 「お前の力でなんとかならないか。歴史改変の事情は幹部も知ってるだろう」 『なんとか取り計らってみましょう。改変のおかげで機関内での僕の地位も上がってますし』 「昇進したのか」 『戻ってきたらシニアチーフになっていました』 チーフにシニアがついたのがどれくらいの待遇向上なのかは分からんが、きっとボーナスがいいんだろうね。 『それはいいとして、あの頃に収集された情報は相当な量になりますが』 「できれば概要だけ頼みたいんだが」 つまり俺が改変した歴史がどうなったかかいつまんで教えろ、と俺は言っているのだ。自分で言っててなんて勝手なやつだとは思うのだが。 『かしこまりました。明日の朝一までにそろえておきます』 いつもながら、古泉のこういう手配力には頭が下がる。また借りができたな。 「すまんな」 『いえいえ、これくらいお安い御用です』 次の日、職場で受け取った書類の量はまじにハンパではなかった。古泉は三百ページはありそうなA4用紙の束をドンと机の上に置いた。 「十一年前の七月七日から、あなたに関する情報を抜粋したものです。これでも全体の十パーセント程度に減らしてあります」 古泉はこれ見よがしに前髪をさらりと跳ね上げ、オレっちはこれが仕事じゃけんのうと鼻を鳴らしそうな勢いだった。まあ俺が頼んだことなんで、突っ込むわけにもいかん。腹立たしいことだ。 全ページにCONFIDENCIALと赤くスタンプが押してある。ページをめくると、まずこの資料をまとめた人間の俺に対する所感が書かれていた。モラトリアム、自主性に欠ける、行き当たりばったりで人生の目的が不明瞭などとかなり辛口だったが、俺が古泉に電話したのが昨日の零時くらいだから、きっと徹夜仕事でイライラだったんだろうなあと同情しそうなくらいに気持ちが文面に漏れていた。それから目次、続いて十一年前からの月次レポートと年次レポートで俺の行動が事細かに書かれていた。といっても概要だけらしいのだが、自叙伝でもここまで詳しくは書けないぞ。 「いかがですか、自分の観察記録を読んだご感想は」 「まだ読んでる途中だ。なんというか、俺が一冊の本になってるな」 機関の設立はあの七夕の日から数週間後らしい。まあハルヒに超能力を与えられて即日組織化されるってのも急すぎて人間技じゃないからな。七夕事件のことは機関の運営が軌道に乗ってから遡って調査したことらしい。つまり人づてに聞いたことをまとめたのか。 あんなこともあったこんなこともあったと、第三者視点の我が人生の記録をしみじみと読んでいる俺だった。他人の目にはこんなふうに映ってたんだななどと相槌を打ったり、かたや、あのときは違うんだよ俺のせいじゃないんだってばというようないい訳じみた独り言をブツブツと吐いていた。 俺の記憶とは部分的に違う二年五組の様子を読んでいるところで携帯がブルブルと震えた。知らない番号からだった。 「はい、もしもし」 『阪中だけど、キョンくん?』 かなりドキリとした。同級生に会うのにこれから丁寧にアリバイを用意しようと考えていた矢先に突然電話がかかってきちまったんだもんな。 「お、おう。阪中か。久しぶりだな」 『ほんとにお久しぶりなのね。ハガキ届いたかしら?』 「来た来た。たぶん出席できそうだ」 『そう、よかった。折り入ってお願いがあるのね』 「いいけど、なんだ?」まさか俺に司会をやれとか言うんじゃあるまいな。 『涼宮さんと同じ職場にいるって聞いたんだけど』 「そうだが。同じというかあいつが社長でな」 『そうそう、聞いてるわ。涼宮さんを同窓会に連れてきて欲しいのね』 「自分で頼めばいいだろう」 『それがね、毎年誘ってるんだけどいつも断られるのよ。同窓会が嫌いみたいなのね』 まあ、前進あるのみで過去にはこだわりたくないっていうハルヒの考え方は分からんでもないが。 「阪中が頼んでだめなら、俺が頼んでも無理だと思うが」 『そこをなんとかお願い。あなたなら涼宮さんを動かせるんじゃないかって』 またそれか。ハルヒのお守り役は古泉に譲ったはずなんだが、そのへんは修復で元に戻っちまったんだろうか。 「そういう話は古泉のほうがいいと思うぞ。なんせカレシだしな」 『頼んではみたんだけど、自分じゃ無理みたいだからキョンくんに頼んでくれって』 なんだあいつ、自分が説得できないからって俺に鉢をよこしたのかよ。 「しかしなあ、ハルヒが嫌がってるんだったらテコでもクレーンでも動かんと思うが」 『みんな涼宮さんの話を聞きたいのよ。あたし達の間で社長にまでなったのは涼宮さんだけなのね。出世頭っていうのかしら』 出世頭か、その言葉は俺にもグッと来た。高校大学と奇矯なまねばかりしていたハルヒだが、見るやつが見ればなにかでかいことをやるやつだという予感めいたものがあったに違いない。そこで二十四歳にしてこの社長椅子に座ってるとなりゃ、堅物の岡部でさえグッジョブを出すに決まってるさ。 「分かった。俺がなんとかする」 『ほんとう?ありがとう。じゃあ四人とも参加にしとくわね』 四人って?と問い返そうとしたのだが、じゃあよろしくね!と勢いよく切られてしまった。俺達全員が同じクラスってことは古泉と長門のことも頼んだってことなのか。やれやれ。 「なんであたしが高校のクラス会なんかに出なくちゃいけないのよ」 「無理に行けとは言わんが、お前の代わりに出席の返事をしちまったからなあ。お前が行かないと古泉も行かないだろうから、俺が会費を払わされることになる」 「あんたが勝手に返事をするのが悪いんでしょ。あたしの知ったこっちゃないわよ」 「毎年やってんだからたまには顔を出せよ。お前がいないとメンツが締まらない」 「あたしは同窓会と名のつく集まりは嫌いなの」 「なんでだ?昔遊んだよしみじゃないか」 「イヤよ。年取って小じわが現れたのをお互いに数えあうなんて。昔の顔と比べて使用前使用後みたいな集まりは」 同窓会は別に化粧品の実演販売じゃないんだが、うまいこと言うな。 「メンツの中で社長やってるのはお前だけなんだよな。なんつーか、みんな聞きたいわけだよ。お前のサクセスストーリーを」 「社長なんてその気になりゃ誰でもなれるわよ。とにかくあたしをネタにして酒を飲もうなんてお断りよ」 やっぱりというか思ったとおりの反応というか、幹事をやっている阪中に拝み倒されて事後承諾みたいにしてOKを出した俺がバカだった。今は反省している。 「まあそこまでイヤだっていうんならしょうがない。俺が自腹でお前達二人分の会費を払うしかないな。せっかく古泉をお披露目できるチャンスだったんだが……」 最後のはボソボソともったいつけて言った。 「お披露目ってなによ」 「知らないのか、八年も付き合いのある同級生を彼氏に持ってるってのは希少なんだよ。あいつらはそういう話をうらやましがるのさ。幼馴染みの彼氏に近いかもな」 「そ、そうかしら」 ハルヒがポッと顔を染めた。ふっ、釣れたな。だがまだ引き上げないぞ。 「いやいいんだ、気にするな。俺もあんまり同窓会って集まりは行きたくないしな。気持ちは分かる」 「あんたが払えないんだったら行ってあげてもいいわ」 「忙しいんだろ、無理すんな。会費くらいなんとか払える」 「いいの、あんたの寒い懐具合を凍らせたら有希がかわいそうだから」 「今月は余裕あるから大丈夫だ」 「あたしも行くつってんでしょうが!」 くっくっく。とうとう切れやがった。 とは言うものの、古泉はあまり乗り気ではないようで、仕事にかこつけて後から顔を出しますとごまかしていた。この古泉の記憶にはないクラスメイトの、しかも彼氏を見せびらかすだけの同窓会になんて喜んでついていくわけがない。 飽きもせず毎年やっているだけあって集まるメンバーにそんなに違いはないんだが、来るやつは毎年来るし来ないやつは招待のはがきを出そうが電話をかけようが絶対に来ない。よっぽど学生時代にいやな思い出でもあったんだろうか。かつての担任岡部は呼ばれればまめに顔を出しているようだが、今年は来ていないようだった。 「やあキョン、来てたんだね」 「キョンよお、お前あいかわらず涼宮とつるんでるんだって?」 国木田と谷口がコップを握ってにじり寄ってきた。なんで知ってるんだこいつ。こいつらの記憶と俺の記憶がどこまで一致しているか果たして疑問だが、適当に話を合わせておこう。 「あの頃のクラスメイトが集まって昔話に花が咲くといや、必ず一度は涼宮の話になるもんさ」 「あいつとは腐れ縁だしな。俺もそういう星の下に生まれたんだとそろそろ諦めの境地だ。俺だけじゃない、四人ともだ」 「キョン、涼宮さんと会社作ったんだって?」 「ああ。なにがしたいのかよく分からん会社だがな」 「いいよなあお前ら。俺も雇ってくんねえかな」 お前が宇宙人未来人超能力者のどれかに属するなら考えてやらんこともないが、それよりお前にハルヒのお守りが勤まるとは思えんので却下だ。 「長門有希とはまだ付き合ってるのか?」 谷口は、別れたならぜひ自分がカレシ候補にとでもいいたげな目をして、ヒシと俺に問いかける。 「ああ。ハルヒと一緒にいるはずだが」 俺は遠目に、いい歳になった女どもに囲まれているハルヒのほうを指差した。歳をとってハルヒも多少なり角が取れ、あの頃話もしなかったクラスメイトともちゃんと会話しているようだ。 谷口は目を細めて長門を探していた。 「おーおー、長門だ。ほかの女どもがすでに下り坂ってえのに、あいつはぜんぜん変わらんな」 なんだその黄色い道路標識みたいな下り坂ってのは。女子連に聞かれたら締め上げられるぞ。 「長門さん、きれいになったねえ」 「ほう、国木田には分かるのか」 「そりゃ分かるよ。女の人は恋をするときれいになるんだ」 意外に見る目あるんだなこいつは。国木田の左手薬指にはもう指輪がはまっていた。こいつは結婚が早かったと聞く。 「お前らあんまりジロジロ見るな。女は長門だけじゃないだろ」 「見たって減るもんじゃねえだろ。男なら誰だって六年経ったアレがどんな姿になってるか、気になるだろうがよ」 気持ちは分からんでもないがアレ呼ばわりはないだろ。 「にしても、まさかお前がトリプルAの長門有希と」 「Aマイナーじゃなかったのかよ」 「俺のランキングは市場連動型なんだよ」 「なんだそりゃ」 「朝倉みたいな清純派はあの時代にはハイクラスだったが、今は萌えだ、萌えの時代なんだ」 こいつもまたハルヒみたいなことを言い始めたぞ。 「なるほどな。お前あの頃は朝倉が好きだったもんな」 谷口がポッと顔を赤らめた。 ── 俺の記憶によればだが、高校三年のとき俺と長門が付き合いはじめたことが谷口の耳に入るのは朝のラッシュアワーをすっ飛ばして行く原付よりも早かった。こいつには一度長門と抱き合っているところを見られた経緯もあって、二人の仲はずっと疑われていたらしい。あのとき谷口は俺のネクタイをハルヒ張りにひっつかんで締め上げた。 「キョン、お前長門と付き合い始めたってほんとか!」 「く、苦しい離せ。ハルヒに告げ口したのはお前だろ。おかげでとんでもない目にあったぞ」 「キョンが人気のない教室で抱き合ったりするから噂が立つんじゃねえか」 「いやあれは抱き合ってたんじゃなくて長門が具合悪そうだったから支えてやってたわけでだな」 「この期に及んでそんな言い訳が通用するか、よっ」 ふざけているのかまじめなのか分からん谷口に腕卍固めを決められてマイッタを何度も叩いている俺だった。 「で、長門有希のどこに惚れたんだ?」 どこと申されましても、俺と長門の関係が曖昧すぎてハルヒが付き合うのか付き合わないのかはっきりしろと怒ってそれで強制的に団公認みたいな流れになっちまったんだが、なんてことを言ったら谷口は切れるだろうな。俺はただひと言、 「萌えた」 このセリフが予想以上に谷口にショックを与えたようで、やおら涙目になって、 「末永くお幸せにっ」 ごゆっくり、のときと同じシチュエーションでダダダッと駆け出して教室のドアをガラガラピシャっと閉めて出て行った。いったい何があったんだとシーンと静まり返った教室内に谷口の賭けていく足音だけが遠く遠く国境を越えてカナダにまで行ってしまいそうな勢いで聞こえていた。 今じゃなつかしい、恥ずかしい話だ。こいつの歴史と一致するのかどうかは知らんが。 「谷口は長門にも惚れてたのか」 「おうよ、キョンが長門と付き合いだしたって聞いてそりゃもう逆上もんだったしな」 どうやら一致してるらしい。 「お前らは知らないだろうけどな、俺あのときマジ泣きしたんだぜ」 いや、知ってたから。みんなの前で十分涙流してたから。ついでに言うと翌日から下級生を手当たり次第ナンパしてたのも知ってる。欲をかいて新卒の研修生にまで声をかけてひっぱたかれたのも知ってる。さらに近所の中学生に、 「分かった、分かったからもういいって」 「あははは、あのとき谷口が生徒指導室に呼ばれたのはそれでだったんだね」 「頼むから思い出させないでくれ。酔いが覚めちまう」 「お前は女のことになると見境がないからな」 「あれは俺なりの治療薬なんだよ。女で受けた傷は女で癒せ、って昔からいうだろ」 それは寝取られたときとかに使うセリフだ。お前が勝手に空回りして傷ついてるだけじゃないのか。 谷口がぼそりと言った。 「あーあ、朝倉に会いてえぜ。今ごろどうしてんだろな」 今からでもカナダに行っちまえよ、などというと本当に行ってしまいかねんやつなので言わなかったが。 二次会が終って三次会のカラオケに付き合い、ほろ酔いの頭でそろそろハルヒと長門を連れて帰らなきゃなと見回してみたがすでに姿はなかった。そういえば一次会の終わりごろ古泉がちょこっとだけ顔を出して一緒に帰っちまったな。やっぱりあの三人がクラスにふつうに溶け込むにはキャラが立ちすぎてたか。 その後の記憶は曖昧なのだが、ただ谷口が俺に向かって言ったことだけはかすかに覚えていた。 「キョン、ちゃんと呼べよ?」 谷口がなんのことを言っているのか、酔った頭で数秒考え、 「おい、何のことだ?」 もう一度谷口を見たがタクシーはすでに走り去っていた。 それからどうやって家に帰ったのか、一切記憶がない。 目が覚めたのはたぶん夜中だったと思う。俺のベットで隣に誰かが寝ていた。部屋は暗く、物音はなく静かだ。顔を横に向けてみると、見慣れた顔がそこにあった。長門がうつ伏せで眠っていた。肘を曲げ、口元に軽く握った手を置いていた。耳を澄ますとスゥスゥという寝息が小さく聞こえる。 ああ、俺は夢を見ているんだなと思った。昨日は飲みすぎたからな。こういう夢なら大歓迎だ。ハルヒと夜の校庭を走り回ったりするんでなければな。 俺は長門の顔をじっと見ていた。すやすやと、吐息に合わせて髪が揺れる。いい夢だ。 …………。おかしい。この夢、いっこうに覚める気配がない。不思議に思って右のほっぺたをつねってみたが現実に近い痛さだ。左のほっぺたをつねってやっと理解した。ベットだと思っていたのは実は敷き布団で、自分の部屋にしちゃ三十センチくらい天井が高いなと感じていたのは、実は長門の部屋の天井だったのだ。俺はガバと飛び起きた。 「な、なんで俺がここにいるんだ!?」 声は出さなかったが、心の中で叫んだ。 ええっと、昨日なにがあったんだっけ。確か同窓会でだいぶ飲みすぎて、あ、誰かに抱えられて歩いたな。記憶の中で、ふらふらと歩いている自分の映像のあちこちに長門の顔があった。自宅に戻るつもりがここに押しかけちまったのか。しかも酔っ払ったまま。しまった、長門に嫌なところを見せちまったな。まさか長門を襲ったりしてないだろうな俺。……記憶がぜんぜんない、冷や汗もんだ。 俺は布団から抜け出た。そこは和室だった。朝になって長門になんて説明しよう。音を立てないようにそっとトイレに行ってシンクで顔を洗った。顔がやたらベタついていた。ザブザブと洗ってふと顔を上げると、鏡の中の俺はひどい顔をしていた。髪はぼさぼさ、顔色は悪く目の下にクマができていた。 あれ、俺、長門のパジャマを着てる。と思ったがボタン穴が左で男用だった。そういや長門は同じのを着てたな、ということはおそろいのパジャマか。俺は想像した。酔ってヘロヘロになった俺が長門の部屋のドアをガンガンと叩いて起こす。長門はしょうがなく俺を中に引き入れて水を飲ませる。俺はそのまま倒れこんで眠ってしまい、長門がパジャマに着替えさせる。頭を抱えたくなるようなシーンだった。 それにしても……前にも見た気がするがいつ買ったんだこのパジャマ。俺はハッとした。長門がこれと同じ緑色のパジャマを着ているのを最初に見たのはいつだっただろうか。昔、あいつが熱かなんかで寝込んだときだったような気がする。ありゃまだ俺たちが高校二年くらいのときだ。あのときすでにこのパジャマがここにあったんだとすれば、長門は俺が泊まることを予測していたわけだ。 俺は鏡の前に立ててあった新品の歯ブラシを取った。硬めのブラシしか使わない俺用だった。コップとその横に二日酔いの薬が置いてある。 「長門……」 はみがき粉も俺が自宅で使っているのと同じやつだった。 歯ブラシをくわえ、口を泡だらけにしてこっちを見ている男が鏡に映っていた。そいつが言った。 ── ここが、お前の帰る場所なんだよ。 その意味はなんだ?俺はがしがしと歯を磨きながら複雑な表情をした。男がまた言った。 ── もう、自分の居場所を決めてもいい頃だろ? 「黙ってろ」俺はタオルで鏡をはたいた。電気を消すと鏡の中の男がニヤリと笑った、ような気がした。 暗いリビングに戻ると、俺のスーツとシャツがきちんとハンガーにかけてあった。テーブルの上に乗っていた携帯を開くと午前二時半だった。メールも着信もない。ふと、発信履歴を見てみると夜中の一時ごろに長門にかけている。うわ、まったく覚えてないぞ。なに話したんだ俺。長門を怒らせるようなことを言ったんじゃあるまいな。情報連結解除されたらどうしよう、このまま逃げ出して自宅に帰ろうかなどと古泉と同じ穴の二の舞をやっているような気分になった。 和室をのぞくと俺が抜け出したままの布団に長門が眠っていた。俺は足音を立てないようにそろそろと布団に近づいた。 カーテンのない窓から、月の光が差し込んで長門の顔を柔らかく照らしていた。シンと静まり返った部屋の中で、長門の吐息だけが小さく波を打っていた。 俺は長門の隣で横になってその寝顔を見ていた。布団の上に青白く冷たい光が長門の顔の形に影を作っている。寝顔を間近で見るのはあまりなかったと思うが、覚えている限りではたぶん二度目くらいだろう。じっと見つめていると、スヤスヤと寝息を立てる長門の半開きになった柔らかそうな唇に引き寄せられそうになったが、起こしてはまずいと思い自分を抑えた。 こいつに会ってそろそろ八年だな。もっとも、長門からすると十一年くらいか。いや、終わらない夏休みとかタイムトラベルとか歴史のループを合わせるといったいどれくらいになるのか見当もつかん。なんて感慨にふけっている俺だが、この数年間は実にあっという間だった気がする。会ってからずっと、俺も長門もハルヒという台風の目に振り回されっぱなしだった。困ったときはいつでもこいつを頼った俺だった。こいつのために俺がなにかしてやったことがあったっけ。思い出せない。せめてそばにいてやることくらいはしてやりたい。そう、ここ、長門の隣。ここがたぶん俺の……。鏡のあいつ、なんて言ったっけ。 そんなことを考えているうちにまた眠りに落ちた。長門のかわいい寝顔がいつまでも目蓋の裏に焼きついていた。今度はいい夢を見れそうだった。 二章へ
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01 パロロワキャラチーム対決 かがみvs長門 第1話 02 パロロワキャラチーム対決 かがみvs長門 第2話 03 パロロワキャラチーム対決 かがみvs長門 第3話 04 パロロワキャラチーム対決 かがみvs長門 第4話
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長門「夏休みサイコー!」 ① ② 前へ 戻る 195 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 20 38 37.65 ID PSV3UeLqO ハルヒ『プールに行くわよ!!』 長門「うん」 ハルヒ『そんじゃ!』ピッ 長門「行ってくる」 喜緑「はーい」 バタン! 喜緑「……さてと、センター試験レベルの問題なら大体解けるようになりましたね」 朝倉「なんだかんだで七回目かー。いつになったら夏が終わるのかしら……」 喜緑「伸ばせるとこまでやりましょう。目指せ東大です!」 朝倉「どうせならハーバード大に行きたいわ」 喜緑「あそこは学校の成績がよくないと入れないらしいですよ?さらに言えば全国の共通テストで満点近く取って、大学に紹介文も書かないと……」 朝倉「うわっ」 喜緑「日本の大学なら一回テスト受けてお終いなのにね」 198 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 20 56 25.48 ID kQrTJHfBO 15000回目あたりにはどんな知能になってんだろな 199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 01 43.81 ID PSV3UeLqO 268回目 ハルヒ『夏だ!プールだ!泳ぎに行くわよー!!』 長門「……うん」 バタン 喜緑「涼子」 朝倉「んー」カリカリカリ 喜緑「二十三日に夏期セミナーがあるんだけど、行きませんか?」 朝倉「んー」カリカリカリ 喜緑「聞いてる?」 朝倉「ちょっと待って!今、ベルヌーイ数の解法を自力で編み出してるところなの」カリカリカリカリ!! 201 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 11 53.31 ID PSV3UeLqO 913回目 ハルヒ『プーr 長門「いま行く」 バタン! 朝倉「終わったわ……。朝倉涼子、この短期間にして数学界の問題は全てクリア……思念体の名はだてじゃないわよ」 喜緑「ふぅ……私は十六か国語をマスターしました」 朝倉「じゃあ今度は私が言語学をやるわ。ドイツ語教えてっ!」 喜緑「私も東大数学から挑戦してみますか……」 202 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 13 49.86 ID 5sfTZBEiP もう勉強ってレベルじゃねえwww 203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 16 35.30 ID kQrTJHfBO あと約15000回どうすんだよwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 204 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 21 55.25 ID PSV3UeLqO 3475回目 Prrrrr!! 長門「……」ピッ バタン! 朝倉「……」 喜緑「遂に限界がきましたね……」 朝倉「もう私たちが学ぶべきことは何もないわ」 喜緑「どうしましょ……」 朝倉「ほっ!ほっ!」シュッシュッ!! 喜緑「なにしてんの」 朝倉「ゲーテ曰く、向こう見ずは天才よっ!」 朝倉「次はスポーツよ!!」 206 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 32 39.92 ID PSV3UeLqO 7083回目 キョン「古泉……なにか違和感を感じないか?」 古泉「あなたもですか。そうですね……どことなく前にもこんなことがあったような……」 ハルヒ「いくわよ有希!!」 長門「」コクッ キョン「例えばだ、あの水泳競争で長門が潜水でハルヒを負か……」 長門「」シャッシャー!シャバシャバ!! 古泉「普通に泳いでますね」 キョン「……ああ、すげぇ綺麗なフォームだ」 ウォー パチパチパチ!! ハルヒ「すごいじゃない有希!あなたそんなに水泳が上手だったの!?」 長門「いかなる時も姿勢が大事。わかった?」 幼女たち「「「はーい!」」」 207 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 39 13.32 ID PSV3UeLqO 11570回目 キョン「ったく、何でハルヒはこんなことをやってるんだ?」 古泉「夏休みにやり残したことがあるんでしょうね」 長門「……」 みくる「ひっく…ひっく……」グスッ キョン「いったい何をすれば、あいつは満足なんだ」 古泉「さあ、それは僕には。長門さんは分かりますか?」 長門「解らない」 208 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 44 57.74 ID PSV3UeLqO 長門「」テクテク ガチャ 長門「ただいま」 シーン 長門「……」 朝倉「おかえみり♪」 長門「!?」 朝倉「邪ッッッ!!」シュッ 長門「甘い」カキン!! 喜緑「長門さんも」 長門「くっ!」 シャバシュバシュバ!カイィィィン!! 209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 21 49 00.02 ID PSV3UeLqO 喜緑「ふふっ」 朝倉「やっぱり有希には敵わないなぁ……」 長門「まだまだじゃ」 喜緑「素が出てますよ」 長門「うかつ」 喜緑「まだまだです」 長門「やるね……」ニヤリ 朝倉「でも大体の武術は会得できたわよねー」 220 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 23 24 37.21 ID PSV3UeLqO 喜緑「そうですか……キョンくんたちが」 長門「四千二十七回目。最近になるほど、発覚の確率は高まっている」 喜緑「……ヤバいですね」 長門「あと少しで12000回記念なのに……」 朝倉「鍛え足りないわ!私たちの夏休みはこれからよー!!」 喜緑「喝ッ!!!」ファー シン・・・ 喜緑「……気が乱れていましたね、長門さん。涼子よりも反応がコンマ一秒遅かったです」 長門「しまった」 朝倉「っしゃあ!!」 喜緑「腕たて三千回っ!」 長門「フンフンフンッ!」 223 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 23 36 31.31 ID PSV3UeLqO 15498回目 Prrrrr... ピッ 長門『わしじゃ』 ハルヒ「有希、あんた今日ヒマでしょ」 長門『うぬ』 ハルヒ「プールよ!プール!!二時ジャストに駅前に全員集合だからねっ!水着も忘れちゃだめよ!!」 長門『うぬ』 ハルヒ「ん?……あ、あとそれから充分なお金ね!」 長門『承知した』 ハルヒ「おーばー♪」プツ ハルヒ「……なんだか様子が変だったわね。有希ったら、大丈夫なのかしら?」 224 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 23 37 23.21 ID V5tLYF1W0 エンドレスを満喫しているとは思わなかったなーw 225 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 23 40 50.76 ID YIyIearX0 精神年齢もしっかり重ねていってるのなwwww 自己研鑚し過ぎだろ宇宙人たち 228 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/30(水) 23 52 22.62 ID PSV3UeLqO 長門「……」 喜緑「よろしい」 長門「!?……大仏様」 喜緑「目上の方のお話は最後までちゃんと聞いてあげなければなりません。要件が分かっているからといって一方的に電話を切るなど悪徳」 長門「ハッ!」 喜緑「背中をこちらに向けなさい」 長門「ハッ!」スッ 喜緑「」カッカッカッ!! 喜緑「ちゅぅぶうぃや~……」 喜緑「ほんっまからけっ!!べっつたいみんがぁッ!!!」 朝倉「」ポクポクッ!! 喜緑「むぅうん!!!」 チーン 長門「……いってきます」 喜緑「無事に帰ってくるのだぞ」 230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 05 24.35 ID zFO73OkdO ハルヒ「この近くてで明日に盆踊りやってるとこってある?花火大会でもいいけど」 古泉「僕が調べておきましょう。開催場所はおって連絡します」 ハルヒ「金魚すくいも忘れないでねっ!みくるちゃんたっての希望なんだから」 キョン「やれやれ……たった二週間しかないのに、あれだけのメニューをこなせるのかよ」 長門「……」 キョン「ん?」 長門「……」 231 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 10 35.86 ID zFO73OkdO みくる「さようならー」 ハルヒ「また明日ねっ!」 キョン「おう」 キョン「……」 長門「……」 キョン「長門」 長門「……」 キョン「いや……なんでもないんだけどな。最近どうだ?元気にやってるか?」 長門「わしは元気じゃ」 キョン「……そ、そうか。そりゃよかった」 長門「うぬ」 キョン「(明らかにおかしいぞ。凝固顔が、ことさらに固まっているような……いや逆か、変に緩んでいるような……)」 232 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 19 02.96 ID zFO73OkdO 長門「」トボトボ ガチャ バタン! 長門「ただいま帰った」 喜緑「……」キリッ 朝倉「……」キリッ 長門「……」 233 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 22 24.40 ID zFO73OkdO 喜緑「お」 朝倉「」ドン! 喜緑「かぁ」 朝倉「」ドドン!! 喜緑「えー」 朝倉「」ドンドン!! 喜緑「みぃ」 朝倉「」ドンドンドドン!! 喜緑「るぃぃぃいい」 朝倉「」ドドンッ!! バァーン! 長門「……ぷっ」 喜緑「むぅ!?」ギロリ 長門「!! 笑ってない」 235 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 26 15.50 ID VzDtvRHRO このまま修行の果てに悟りでも開きかねない 236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 34 15.35 ID 1nGA/Wnl0 このままでは小宇宙をも創る勢い 237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 37 34.90 ID zFO73OkdO 朝倉「無礼者!」 喜緑「今日、お主は飯抜きじゃ」 長門「そんな……」 朝倉「大仏さま!!一言よろしいでしょうか!?」 喜緑「奉れ」 朝倉「ハッ!この有希という女!私にとって兄弟に等しき者!!あはれ知れらむ人に見せばんやっ!」 朝倉「なら私にも罰をお与えください!!」 長門「……」ジワッ 喜緑「……見事っ!!もうよいぞ有希。皆の者、飯じゃ!」 長門・朝倉「ハッ!」 238 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 41 02.32 ID Mtep4/C00 ワカメが大仏扱いなのは先輩だからか…… 239 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 43 42.90 ID jx3AlIFx0 努力のみで超人になる……これが自律進化か 240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 46 10.71 ID FwfFkz9Z0 どこのジェロニモだよ 241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 48 29.49 ID zFO73OkdO 朝倉「」パクパク 長門「」モグモグ 喜緑「そろそろ15500回じゃな……」 長門「!」 喜緑「どうだ、16000記念日までにはまだ早いが式典でも……」 朝倉「はい!喜んで!!」 長門「」コクッ! 喜緑「よかろう……その日は馳走を用意する」 朝倉「(やったぁ!)」 長門「……」キラキラ 242 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 50 07.88 ID XjTOiw8A0 なんだこいつらwww 244 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 00 57 49.04 ID zFO73OkdO Prrrrr... キョン「ん……」 Prrrrr!! キョン「(二時か……)」 キョン「(ちっ!誰だよ夜中に電話かけてくる奴は……!またハルヒのアホだな)」ピッ 『……ぅぅ……ぅうう』シクシク キョン「」ゾッ みくる『キョンくーん……』 キョン「……も、もしもし、朝比奈さん?」 みくる『あたしです……とても良くないことが……ひくっ……うく……このままじゃあたし……ふぇぇええ!』 246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 01 02 48.78 ID zFO73OkdO キョン「なんだってんだよ」ハァハァ 古泉「夜分に申しわけありません」 みくる「キョンくん、あたし……未来に帰れなくなりましたぁ……」 キョン「えっ!?」 長門「……」 古泉「はっきり言ってしまうとですね、つまり……我々は同じ時間を延々とループしているのですよ」 247 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 01 14 33.67 ID zFO73OkdO 古泉「時間が8月31日の二十四時ジャストになった瞬間、一気にすべてがリセットされて、また十七日に戻って来るというプロセスです」 キョン「まさかハルヒの能力で夏休みが繰り返されているのか?」 古泉「その通り。決して終わらないエンドレスサマーです」 キョン「そんな馬鹿な話があるかよ……で、今は何回目だ?」 古泉「勘がいいですね。お察しのとおり、もう何度も計り知れないほどリプレイされてきたのですよ」 キョン「違和感がハンパなかったからな。で、どうなんだ長門」 長門「……今回が一万五千四百九十八回目に該当する」 キョン「oh……」 249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 01 26 21.31 ID zFO73OkdO キョン「待てよ……お前はこの夏休みの出来事を全部覚えているのか?」 長門「……」コクッ 古泉「時空を超越している情報統合思念体だからこそ、タイムリープによる記憶喪失を免れているのでしょうね」 キョン「すると長門。お前はこの終わらない二週間をずっと体験してきたのか?15498回も」 長門「うぬ」 キョン「うぬって……(なるほど。心無しか貫禄があるな)」 古泉「さて、どうしましょうか……長門さんは今までで何か分かったことはありましたか?」 長門「解らぬ。我が役割は観測ゆえ」 古泉「そ、そうですか……」 251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 01 34 32.22 ID zFO73OkdO バタン! 長門「……」 朝倉「夜遅くにお疲れ様」 喜緑「……Zzz」 長門「……」 朝倉「ねぇ有希……」 長門「?」 朝倉「もしよ、もし夏休みが終わったりしたらどうする……?」 長門「!」 朝倉「私はカナダに帰って、大仏さまと有希は学校に……」 長門「戯言を吐くな。くだらぬ。さっさと寝ろ」 朝倉「……はい」 長門「……」 喜緑「……Zzz」 252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 01 39 25.13 ID gF1NlVTb0 呼び名、大仏様で固定かよwww 253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 01 51 23.03 ID zFO73OkdO 8月31日 キョン「(結局なにもできなかった……)」 みくる「ふぇ」 古泉「んふっ」 長門「……」 ハルヒ「これで課題は一通り終わったわね」 キョン「(終わりなんて本当にくるのか……?)」 ハルヒ「うーん。こんなんでよかったのかしら」 254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 01 55 40.25 ID zFO73OkdO ハルヒ「でも、うん。こんなもんよね……ねぇ、他に何かしたいことある?」 シーン ハルヒ「……」 長門「(メロンソーダうめぇ)」 ハルヒ「……まあいいわ。この夏はいっぱい色んな事ができたわよねっ!浴衣も着たし、花火も見たし、セミもたくさん採れたしね」 キョン「(いーや……まだ終わっていない。お前は満足していないはずだ)」 ハルヒ「じゃあ今日は……」 キョン「!」 255 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 02 19.80 ID 6e01YdFBP メロンソーダうめえwwww うぬとか戯言を吐くなとか言ってたのにwwwww 256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 04 47.74 ID zFO73OkdO ハルヒ「これで終了。いちょー明日は空けておいたけど、そのまま休みにしちゃっていいわ」 キョン「(おいおい……)」 ハルヒ「また明後日。部室で会いましょう」 キョン「(待てよ、ハルヒ!)」ガタッ みくる「ふぇ!」 長門「(無駄無駄。このパターンは何千回も見てきたけど、涼宮ハルヒを引き止められたことは一度もない……よってまた夏休みが繰り返かえされる)」 キョン「(このまま奴を帰してはダメだっ!長門なんて今にも死にそうな眼をしているじゃねーか!!俺がなんとかしないと……)」 258 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 13 15.79 ID zFO73OkdO ウィーン ハルヒ「」スロ~ キョン「(くっ……!今までの何倍以上もキツい既視感が……っ!)」 長門「(もう一度海に)」 キョン「(なんでもいい!何か言え!何か!!)」 長門「(また行こう)」 キョン「俺の課題はまだ終わってねえええええぇぇぇぇ!!!」 古泉「あっ……」 みくる「みぅ」 長門「!!?」ビクン!! 259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 15 25.61 ID 6e01YdFBP こんなに終わって欲しくないエンドレスエイトは初めてだ。 260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 21 51.27 ID zFO73OkdO ハルヒ「はぁあ?」 キョン「そうだ、宿題だッ!」 長門「!? !? ???」オロオロ 古泉「おや、これは珍しい表情を……」 みくる「な、長門さんどうしたんですかぁ?」 キョン「俺は夏休みに出された宿題を何一つやってないんだ!!」 ハルヒ「馬鹿じゃないの?」 キョン「古泉、長門。ついでに朝比奈さん!明日、俺ん家で夏の課題をまとめて全部終わらせよう!!いいな!?」 古泉「わかりました」 みくる「はい……」 古泉「長門さんもそれでいいですか?」 261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 26 47.40 ID zFO73OkdO 長門「(馬鹿な)」グニャァ~ 古泉「長門さん?」 長門「(こんな、こんなことがあって……)」 ハルヒ「待ちなさいよ!私も行くんだからねっ!!」 長門「(今さら……)」 古泉「大丈夫ですか?」 長門「……ぁ」 古泉「ん?」 長門「が、ががががががか学校が怖いぃぃぃィィィ」ガタガタ 264 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 32 34.14 ID zFO73OkdO 古泉「えっ」 長門「……か、カマキリ拳法ッ!!」バチコーン!! 古泉「っぽぅ!!」 みくる「ひゃあ!」 キョン「おい!なにやってんだ長門!!」 長門「か、かか帰るぅ……」タタタッ ハルヒ「ちょっ……待ちなさい有希っ!!」 長門「」ガタガタ 265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 34 20.35 ID gF1NlVTb0 あんだけ修行して関根勤かよwwwww 267 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 39 15.01 ID zFO73OkdO ガチャッ! バタン!! 長門「はぁ…はぁ……」 喜緑「お」 朝倉「」ドン! 長門「ああああああッ!!!」パーン!! 喜緑「ぐふっ」 朝倉「ぶ、無礼者ぉお!」 長門「い、い、いまは、そそそそんなことしている場合ではない!!」 270 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 48 31.05 ID zFO73OkdO 朝倉「大仏さまっ!有希の乱心でございます!」 喜緑「静まれぇぇ!心を閉ざせは見えるモノもあるのじゃあああ!!」 長門「だだだだだ黙りやがれ」パーン!! 喜緑「ぐほっ」 朝倉「て、天誅ぅー!!天誅が下るジュラ!(;ω;`)」 長門「なななな夏休みが……」 朝倉「へっ」 長門「おお終わるぅぅぅぅぅ」ガタガタ 朝倉「」 271 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 02 57 47.01 ID zFO73OkdO 喜緑「え……」 長門「うわぁぁぁ」ガタガタ 喜緑「ちょっと待ってくださいよ……マジですか?」 朝倉「もっー、えみりったらー。そんな簡単に騙されないでよぉw これと同じ嘘は268回も聞いたじゃない」 長門「う、嘘じゃないッ!!」 朝倉「……あー、もしかして昨日のこと?まさかまだ根に持ってるの?まぁ確かに悪い冗談だったけどさー」 長門「違うっつてんだろおおおおお!!!」パーン!! 朝倉「ぷぇっ!!」 273 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 03 12 48.68 ID zFO73OkdO 長門「明日彼の家で宿題を片付けることになった……」ガタガタ 喜緑「あ、明日に予定が入るねは初めてですね」 長門「きっとそれがエンドレスサマーを抜け出す鍵……もうダメ……夏休みが終わっちゃう」ガタガタ 朝倉「はっー?なによそれ、考えすぎでしょ」 喜緑「念の為に警戒はしておくべきでしょうね。万が一ってこともあるし……」 朝倉「単に有希がビビりすぎなのよ。修行が足りないわ」 長門「ぐわばばばばばばば」ガタガタ 274 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 03 23 52.28 ID Mtep4/C00 なんだろうな……ずっと感じてたけど、この朝倉さんはヤムチャ臭がするwwww 275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 03 35 28.98 ID zFO73OkdO 翌日 長門「……」 キョン妹「にへへ」ピコピコ ハルヒ「うりゃー!」ピコピコ みくる「わー、すごーい」 古泉「違いますよ、そこはこうです」 キョン「くぅぅぅ!やっぱりできねぇ」 長門「……」 ハルヒ「楽しかったなぁ……夏休み」 キョン「おっ?」 長門「!?」 ハルヒ「もう思い残すことはないわ……」 キョン「(どうやら当たりを引いたらしいな)」 長門「」ブルブル 277 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 03 45 39.60 ID zFO73OkdO 23 50 朝倉「有希ー!夜食持ってきたわよー!」 長門「……いらない」 朝倉「少しくらい食べないと元気が出ないでしょ。ほら、あーん」 長門「だからいらないって……」 喜緑「やめなさい涼子。長門さんが嫌がってます」 朝倉「あっ もうこんな時間」 長門「!!」 23 59 チッチッチッ・・ 朝倉「さぁ」 00 00 チーン 朝倉「ずきゅーん!って……」 278 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 03 47 20.53 ID ToTsxMH80 朝倉帰らなくていいのか? 280 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 03 52 40.21 ID zFO73OkdO 朝倉「……あれ?」 喜緑「……」 朝倉「ずきゅーん……」 シーン 長門「」ガタガタガタガタ!! 朝倉「ず、ずきゅううううううん!!!」 喜緑「ほ、本当に夏休みが終わった……」ヘタッ 朝倉「しょんな……」 長門「あああああんッ!!!だからあれだげいっだのにぃ!!」ポロポロ 朝倉「う、嘘だぁぁああッ!!!」 281 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 03 55 05.60 ID gF1NlVTb0 ずきゅうううんを自分で言っている朝倉に不覚にも 285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 07 16.92 ID zFO73OkdO 朝倉「ぎゃあああああああ!!!」 喜緑「涼子うるさい!!静かにしてっ!!ご近所に迷惑よっ!」 朝倉「なんでぇー!!まだ私だけ大仏さまやってないのにぃー!!」ジタバタ 喜緑「それは関係ないですぅ!と、とにかく……!あなたはカナダに帰る支度を……」 朝倉「いやだあああ!!帰るってなにさ!?ここがワシの家じゃあああい!!!」バタバタ!! 喜緑「ああ、もう私どうしたらいいのか……だって今日から学校」 長門「いやだああああああ!!!行ぎだぐないよぉぉおおお!!!」 こうしてTEFI端末達の夏が終わった 286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 15 59.36 ID zFO73OkdO キョン「谷口よ、今日は何日だ」 谷口「キョン……この夏の暑さで遂に頭がイカれたか?」 キョン「まさか八月十七日ではないだろうな」 国木田「……本当にだいじょうぶかい?」 キョン「いやいや、じょーだんさっ」 体育館で校長の訓辞を聞き、短いホームルームを済ませての放課後である 現在の日付は9月1日で合っている 287 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 16 01.31 ID Mtep4/C00 そりゃあ、500年も遊んで暮らせば他の家なんか住めんよな…… 288 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 19 17.40 ID gF1NlVTb0 もうSOS団の連中なんて石ころみたいなもんだよな 500年間毎日遊んだ相手と500年間同じこと繰り返す連中とじゃさ 289 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 24 40.15 ID zFO73OkdO ガチャ 古泉「どうも」 キョン「……お前だけか」 古泉「そのようですね」 キョン「ほぉーっ……部室に長門がいないなんて珍しいな」 古泉「彼女にとって、今回が一番大変でしたからね。さすがの長門さんも堪えたのでしょう」 キョン「顔には出さなかったが、やっぱり疲れていたのかもしれないな……」 290 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 28 29.56 ID 6zRP/HqV0 500年もニート生活か しかも責任感だの不安感はなし 羨ましい限りだ 291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 30 24.22 ID zFO73OkdO 長門「学校怖いぃぃぃ」ガタガタ 朝倉「やたやだ帰りたくないよー……」ガタガタ 喜緑「明日こそは学校に行きましょう、ね?長門さん」ガタガタ 長門「あと二週間だけ休ませて……」 fin 293 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 31 56.16 ID gF1NlVTb0 お おつかれさま! 294 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/31(木) 04 33 10.95 ID FwfFkz9Z0 おつかれ 社会人になるともっと辛いんだよ長門・・・ 前へ 戻る